第4話 一寸先は自殺

「S先輩が自殺したって・・・」

夜中に急に携帯電話が鳴った。


S先輩というのは、中学時代のバスケ部の先輩だ。

当時は、とても親切にしてもらっていたのを覚えているが、高校へ進学してからはほとんど関わりがなかった。


「進路に行き詰まったらしいよ・・・」

首つり自殺らしかった。

具体的な自殺方法まで、電話口で伝えられたのは後にも先にもこの時だけだろう。


電話先の相手は、中学・高校時代の同級生Kくん。

電話越しに緊迫した息遣いが伝わってきた。

通夜に行くから、一緒に今から来れないかということだった。

残念ながら、僕は断った。

「ごめん、行きたいけど、いまは実家にいないから」

そういって、Kくんに僕の分も通夜よろしくと伝えて電話を切った。


正直、一報を聞いたときは、あまり実感がわかなかった。

そして、通夜にいけないことをほっとしている自分がいた。

地元の大学にいかなくてよかった、という現実逃避的な考えが渦巻いていた。


僕は、この時すでに、他人と関わりを持つことに嫌気がさしていたのだ。


「誠に残念ながら・・・」

そう連絡があったのは、1週間ほど前だろうか。

連絡の相手は、日本郵政。

ああ、やっぱりだめだったか。

内心、手ごたえがあったし、もしかしたら内定取れたんじゃね!?と楽観的な意気込みがあったのだが、文面を見た瞬間に意気消沈して、布団にもぐりこんだ。


泣きたくても泣けないような、情けなくて不甲斐がない、自分の存在意義という安堵の置き場所がわからなくなって、心臓がバクバクした。

不安という何か目に見えない化け物に殺されるんじゃないだろうか・・・

僕もいよいよ、辛くなってきた・・・



民間就活をして、嫌というほど感じたことがある。

それは、民間は、何度も何度も自分という存在について社会にとってどのような役割が期待され、他人と違ってどのような点で有意差があるのか、ただひたすらに自問自答を強制されるということだ。

面接は少なくても3回以上は行う。

エントリーシートという門前で払いのけられ、面接すら受けさせてもらえない人もいる。

学歴フィルターにひっかかり、会社説明会の予約すらできない人もいる。

そして、それら全ての災厄が、あなた自身のアイデンティティーが原因であると通告される。

つまり、「誠に残念ながら・・・」という定型文にかこつけて、「あなたは当社、ひいては社会において必要のない存在なので、採用を見送らせていただきました」という心無い言葉を投げつけられるのだ。


いまや民間就活は、志願者の「人格」を徹底的に戦わせるバトルロワイアルになってしまった。


翻って、公務員試験は、そのほとんどが筆記試験で決まる(某県庁の人事のトップにも聞いたことがあるのだが、筆記試験の点数が良ければ、後の面接は消化試合だとのことだった。反対解釈すれば、いくら面接の点が良くても筆記試験がダメならば不採用になる。国家1種、今は国家総合職と呼ばれているが、官庁訪問の際には筆記試験上位順に名前が記載されたペーパーが面接官に配られるらしい)。


そう、公務員試験というのは、筆記試験という名のもとに、公的に正当化された現実逃避方法なのだ。

そこでは志願者の「人格」は問われない。

問われるのはあくまで、筆記試験の点数だけだ(むろん、すべてがそうというわけではない。基礎自治体である市役所は性質が異なることが多い。ただ、それでも、多くは筆記試験の点数が評価される現状にある)。


「最近の若者は、安定化志向になっており、公務員は就職先として人気が上昇しており・・・」

ニュースでよく耳にする、この「安定志向」という言葉。

民間就活と公務員試験、両方経験した立場から言わせてもらうと、若い人たちは、決して「安定志向」なのではない。


単にもっと評価されたいだけなのだと思う。


毎日毎日、自分の長所短所に向き合って、社会や企業においてどういった役割を持ち、どのような貢献ができるのか、自分の存在意義について、答えの無い闇の中を禅問答するかのようにひたすら自分に問いただすことを強制される。

そこで何かしらの答えにたどり着ければいいが、耐えられなくなってしまうと、S先輩のようにぷっつりと糸が切れてしまう・・・


公務員が人気な背景には、そういった先輩のような苦しみを持った人たちが大勢いるということを知ってほしいと思う。

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