第183話 脱兎。

 気を失いそうになってふらついた僕を、精霊さんたちがぎゅっと寄り添って支えてくれる。目眩を堪えて顔をあげるとチャトゥニと目が合う。この時初めて真っ直ぐに目を合わせたのかもしれない。彼から。

「…絶対、許さないから」

「え?」

「幸せにしなきゃ許さないからカイン様を、必ず幸せにしなさい!」

 一瞬だった。一瞬だけ勝ち気に笑って消えた。笑いながらこぼした一粒の涙。彼は確かにきれいな人だった。


「ヂュヂュー、主、あやつが空間を一時固定している!」

「えっモリー?」

「早う脱兎の魔法を起動するのである」

「シェイドさん?」

 封印石に吸われずチャトゥニは僕が脱出する一瞬を作ってくれたらしい。そのお陰でみんなの言葉も伝わるようになってる。けどそのために彼は。封印石に入れば多分、消えることはなかった。けどそれだと僕はもっと危なかったから。きっと、思ってくれたんだ。カインさんを。僕が消えた未来のカインさんを。

 なら僕はそれに応えないと。


 封印石は魔力を吸収し続けるままにし、維持だけしていた脱兎の魔法を起動待機にする。もう一つの魔法陣の上に脱兎の魔法陣が交差するように展開する。急遽作ったものなので所々にイメージを強化するように魔言が入っているのだが、念が強かったのか兎がホログラムのように出現し魔法陣の円上をサーキットのように走り出した。

「うわー」

 自分で作っといてあれですが…あー魔法陣に漢字で脱兎って記入されとる…うん、へんてこ魔法ができちゃったなあ。


「ヂュッ、ぼーっとしとる場合じゃないわ主よ!」

「そろそろ、なのー!」

 モリーとノームさんに声をかけられてはっとすると、封印石はいよいよ空間を維持していた魔力もすべてを吸い込もうとしていた。

「キュキュキュー!!」

 兎も鳴き声を発して合図をする。最早実体化してるんだけど、あとで考えることにしよう!

脱兎エスケープ!」

 二つの魔法陣が爆発的光を出して空間を飲み込んでいく。万一のために防御魔法を更に重ねがけして、最後に転移魔法を発動する。無意識に右手は胸元のペンダントを握っていた。


 目を開けているのが苦痛なほどの光の洪水に流されるように瞼を閉じて、強く想う。カインさん…!しかししばらく待っても場所に変化はないような。光が収まってから目を開ける。何もなくただ広い灰色っぽい部屋みたい。魔力を探るとさっきまでの空間からは移動できたみたいだけど、城内じゃない。異空間…?まさか失敗した?恐る恐る一歩踏み出そうとした、ら、地面が消えた。

「え、えええーーー!?」



 気がついたら花畑に寝転がってた。どうやら落下中に気を失った?まず目だけを動かしてみる。モリーが顔の横に長くなって伸びてる。精霊さんはそばに見当たらなくてゆっくり起き上がって見回すと少し離れたところに卓袱台と座布団が…いやクッション?がある。そこにいるようだ。そして同席しているのは…神様。この世界に来たときに会った神様と、もう一人。あと、何故居る、兎。

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