第184話 神の庭。
兎はちらっと僕を見てふすっと鼻息を吐く。何か知らないけどちょっと不服そうだ。
「気がついたか、こっちに来てお前も座ると良い」
見たことない人…恐らくもう一人の神様が手招きしている。のそのそと体に違和感のないのを確かめながら動いて卓袱台のそばに座った。
「本来はわざわざ名を教えることはないが、ここでは呼べるだろうから名乗っておこうか。まあ見当もついてるだろう…俺はジャクトス、こっちのピスケの上司に当たる神だ」
「お会いするのははじめまして、ですジャクトス様。ピスケ様もお久しぶりです…ケータイでお話しして以来、でしょうか」
「我、見てたよ」
神様の言葉に目を見開く。もう一人の神様も僕を見て頷く。天上の存在である神様が下界を見ていることに不思議はないけれどピンポイントで僕を見ていたというのは少し意外だ。
「君はとても頑張っていた」
そして続いていただいた言葉に目頭が熱くなる。冷静に判断して行動しなければいけなかった。彼のために。
「ありがとう、ございます…っ」
チャトゥニの前で泣くわけにはいかなかった。泣き落としなんて卑怯だと思った。でも今は僕なんて人間はちっぽけなもので、ここにいるのは神様と精霊さんとモリーだけだから。肩から力が抜けたらあとからあとから涙が零れた。
「…ああ、ピスケのお気に入りは頑張り屋だな」
「そうでしょそうでしょ先輩もそう思うでしょ」
二人は優しくそのまま放置してくれていた。凝視せず宥めず何もしない。ただ気が済むまで、泣くことを許してくれた。精霊さんもそっとしておいてくれて、モリーもそっと寄り添うだけで何も言わずに居てくれる。それがとてもありがたかった。
本当は全部を取りたかった。でもそれはどうしてもできないことでひとつは捨てなければすべてが駄目になりそうだった。かといって平気で捨てられるものでもなかった。それはとても大切な、命だったから。
でも選んだから。どちらを選ぶか考えて、カインさんを、世界を、チャトゥニより優先したのだ。自分で。重くて辛い責任を負うと決めたから、泣いちゃいけないと。でもそんな決意薄っぺらで僕はちっぽけで。ここは広い懐で迎えてくれた神様の庭で。カッコつけたいカインさんの前でもないから。情けない姿さらしてしばらく泣き続けてしまった。
「…すみません」
「気にしないで、さあ水分補給しなさい。我の淹れた茶は美味しいんだからね!」
「うむ。貴重なピスケの茶を飲むことを赦す」
「ふふ、ありがとうございます」
言われるままカップに口をつけて驚く。香り豊かで濁りなくすっきりとしながら深い味わい…つまり。
「とっても美味しいです!」
「良かった。おかわりもどうぞ」
「ありがとうございますっ」
モリーもお皿に注いでもらっててちてちと飲んでいる。…?なんかちょっと大きくなってない?
「さて、現状下界がどうなっているかだ」
「っはい、聞かせて下さい!」
僕が気を失っていたのは一時間にも満たない間だけど、世界の崩壊とか水の精霊さんとか色々気になる。ちょっと知るのが怖いけど、聞かないわけにはいかない。
「君の頑張りで一応安定しているよ」
ピスケ様からの言葉にほっとしたけど続いたジャクトス様の声に目を瞬く。
「ただな、事態が事態だから小さいのはともかく大きな精霊には一旦引き上げさせた」
「…え?」
「つまり、世界と精霊が同一ではなくなったんだよ」
精霊に何かあっても世界に影響はないし、逆もしかりということだ。
「え…でもそれじゃあここにいるみんなは…」
もういなくなる?皆と会えなくなってしまう?そんなの…。
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