第182話 チャンスは一度きり。

 チャトゥニは広げた両手に魔力を集めているが眼球に強化魔法を使い集中して視れば、それが彼の魔力でないことがわかる。悟られないようにそっと周りを確認すると空間が不安定になって揺らめいていた。…やっぱり。なら発動する瞬間にこれを使えば多分この空間を消滅させることができると思う。彼はただじゃ済まないだろうし、僕もどうなるか微妙なんだけど。

「ヂュー」

 この空間の影響なのか言葉はわからないけどモリーが僕を見つめて鳴く。心配そうな精霊さんもいるけど、それでも信頼を感じる。うん、僕も皆を…信じてる。だからやってみよう。

 今もゆらゆらと空間を歪めて強大な魔力を集めようとしてるチャトゥニが僕を睨んでいる。その禁忌の力が怖い。あえて僕は目を閉じて、今度こそ魔力を練るのに集中する。多分チャンスは一度きり。前髪しかないチャンスの神様を捕まえる!


 イメージは夢と希望を込めたもの。ふわっふわもふもふで優しい、兎みたいな。逃げるが勝ちって諺もあることだし実は脱兎が一番強い、みたいなイメージだ。強くて優しい生命力の輝きを…カインさんの所へための魔法を。


 同時にチャトゥニの魔法を封じるために水の精霊さんの封印石の欠片を左手に握る。これを使えばこの空間に満ちる魔力を石に封じられる…と、思う。確実ではない、ないけどこれしか思い付かなかったから、これにかける。どんな物語も好きだけど悲しい終わりは好きじゃないから。ハッピーエンドにたどり着くまで全力を!


「ふん、怖じ気づいて目も開けられないか?さっさと去ればよいものを…喰らえ!」

 嘲笑と共に集めた魔力をぞんざいな投げ方で放ってくる気配に目を開く。集束されて近くなればはっきりわかる。この魔力のほとんどが水の精霊さんの魔力でできてる。

「水の精霊さんを…解放します!」

「何、言って…そんな!?」


 かざした左手の封印石の欠片にチャトゥニが放った魔力が吸い込まれる。周りの空間ごと吸引される勢いがすごくて魔力の光で渦ができた。油断すると僕も飲み込まれそうになる。チャトゥニも足と手を突いて踏ん張ってるけどずるずると引き寄せられている。

「くそ…っ」

「観念してください…!」

 こっちも二つの魔法の維持で精一杯。少しでも気を抜けば大惨事だ。


「そっちが、諦めろよっ…!」

「嫌ですよっ、絶対…、諦めません…!」

「…なあ、わかるだろう、あの方を想う気持ち…っ、諦められない、って」

「………」

「好きな人を好きじゃなくなるって、さ…」

 わかってる、デリカネーヤ先生に言った時だって。胸が痛い。好きな人を好きじゃなくなるなんて、そんなのすぐに消えるものじゃないよ。わかってるんだ。でも、それでも。

「それでも…人を傷つけていい免罪符なんかにしちゃいけない!」

「…」

「そんなので、好きな人に好きなんて胸を張って言えないから!」


 手に入れられないとわかっててでも諦められず足掻きたくなる気持ちなんてわかるに決まってる!だけど、僕は傷つけたくない。怖くても、苦しくても、受け入れがたくても。

「好きになってくれた人が、そんなことをしたら、傷つくと思わないんですか?」

「…っ、あの、方は私の事なんて…」

「恋情はなくても、情があれば傷つくんですよ!カインさん、悲しそうだった…」

 あの時、はっきり表情が見えた訳じゃないけど、傷ついた声、だった。

「もう、止めて…、カインさんを傷つけないで、ください…っ」

 手が、震える。魔法の維持が…ヤバイ、もう…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る