第181話 禁忌。

 まさか、と思った。神様でさえできないと言った。できないと謝ってくれたのに。耳長族は魔法に長けるとは言えハーフエルフは使えないはずなのに、そんなまさか。

「禁忌魔術ですけどね」

「やっぱり!」

 脱力するのと同時に冷たいものを感じた。神様でさえ手を出さない禁忌にこの人は手を出してるということだ。


 そうだ、あのとき僕は彼にで突かれて多分倒れて。周りが暗く細かい部分はぼやけて見えるなかで彼だけくっきりしているのは彼が発動している術だから。この空間は術中!

 はっとして身構えると察した彼は薄い笑みを浮かべた。嗜虐性のある冷たい笑みだ。

「あなたなんか私に勝てる筈がない」

「………」

 この人は心底僕を嫌っているようだ。カインさんのこと以外では心当たりないんだけど。


 お互いに睨み合いながら魔力を練り始める。

「此処で諦めて自分の世界にお帰りなさい。その方が身のためですよ」

 最初は帰れないと知って辛かったし泣いた。けどカインさんが傍に居てくれて、だんだんこっちの世界に慣れて。未だに驚くことはあるし、元の世界が懐かしいときはあるけど。でも今はもう。

「帰れない、じゃなくて帰らない」

「…はい?」

「僕は帰らない。ううん、ナンオウが故郷になったんだ。帰るならカインさんと」

「は?」

 僕の言葉を遮って彼は魔力で攻撃してきた。さっと身をかわすとイライラしたように髪を掻き上げながら連続で鎌鼬を放つ。


「とっとと帰れよ、一人で!」

「帰りません!あと、一人じゃない!」

「いいやお前は一人だ、独りぼっちで逃げ帰るんだ!」

 鎌鼬に水の渦が混ざる。竜巻みたいになった水のカッターをトカゲさんが火の壁で防いでくれる。畳み掛けるように鶏さん…レグちゃんが鎌鼬を飛ばし、子ども…ノームさんが石礫をレグちゃんの鎌鼬に乗せ威力を増す。彼…チャトゥニがその攻撃を避ける隙に黒い…シェイドさんが黒馬をけしかける。

「くっ」

 チャトゥニは辛うじて黒馬の蹴りを避けたが転びかけて膝をつく。

「皆、ありがとう!」

 その間に僕は精霊さんに囲まれて心強い。モリーも肩に乗ってもふもふの毛並みでで僕を癒してくれる。ほら、独りじゃない。

「くそ…」

 肩で息をするチャトゥニが悔しそうに呻くと、彼の自信が揺らいだせいか空間が一瞬歪む。


 そうか、此処は恐らくチャトゥニの禁忌魔術でできた空間だ。今のように動揺させて隙を作った上で魔法を使えば脱出できるかも?どうやって動揺させるか、脱出するための魔法なら転移でもいいし空間を壊す攻撃でもいい。考えながら魔力を再び練り始める。

「…くふふ、帰らないと言うのなら閉じ込めてしまいましょう。此処で独り息絶えるまで」

 ゆらりと立ち上がったチャトゥニが芝居がかった仕草で両手を広げる。僅かに目を伏せてぶつぶつと呪文らしき文言を唱え始めた。全身が光を帯びて明滅する様子は水の精霊さんの力を閉じ込めた杖に似ている。…もしかしてあの時僕を突いたのは。

 可能性に思い当たった僕の方が動揺してしまい上手く魔力の収斂に集中できない。僕の想像通りだとすると此処はチャトゥニの術中であり水の精霊さんの魔力でできた空間と言うことになる。だとしたら、僕が持ってきた封印石が役に立つかもしれない。

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