第180話 真のラスボスは裏面に。

 ええい、もう!気は逸らせたし今!僕は無詠唱で結界を構築する。周りの攻撃などの外的影響力は通すけど内からの力は通さない今回だけの限定結界だ。

「む?」

「よし、今です!」

 僕の合図で大公に向かってカインさんとガザシ父さんが縄を打つ。メイドさんの投げたナイフが杖に当たって大公の手を離れる。計画通り!皆気を緩めず武器は下ろさない。だけど僕はほっとしてちょっと力が抜けた。もちろん結界はそのまま。ただ僕自身がほんの少し無防備になった瞬間だった。


「…っ?」

 突き通すような衝撃を背中に受ける。咄嗟に息を詰めてやり過ごし横目で見ると僕と同じくらいの背丈の人影があった。

「あーあ、うまく誘導できたのに」

 ぼやく人影の耳が細長い。もしかしてさっきの話の?

「チャトゥニっ!」

 あ、カインさんの声だ。なんだか遠くに聞こえる。どうして?夢の中にいるみたいに背景も人物も曖昧に感じる。いったい何が起こったのだろう?

「あなたさえいなければすべてを手に入れられる。この国、世界、…カイン殿下も、ね」

「ど…いう、こ…っ」

 防御の魔法も魔道具も身に付けていたはずなのに、僕は。

「カイン様」

「何故お前が…?」

 ぼんやりと二人のやり取りを眺める。水の中に沈むみたいに緩やかに、遠ざかる。カインさんの焦った顔が、見えなくなってしまう。

「カ、イ…」

「……!」

 聞こえないよ。カインさん…。もう、なんにも……聞こえない。



 ……………………真っ暗だ。知らない天井も無いし、自分のことも見えない。ただ思考していることから自分の意識はあるとわかる。あれ、僕、何してたんだっけ…?そう考えた時、僕の周りに光が点った。赤い小さなトカゲ。緑の鶏。茶色い子ども。黒より濃い黒の…。ああ、精霊さんだ。姿ははっきりわからないけど柔らかく明滅する精霊さんの光が現れて自分も少しだけど見えてくる。手が二本あって足が二本ある。胴体に、頭。五体満足らしい。ただ、何て言うんだろう影の塊のような感じで細部は見えない。周囲の闇よりはうっすら明るいんだけど…まあさっきよりましかな。それにしてもここはどこなのかな。ボーッと突っ立ってるだけで物事が進むわけもない。僕はそろそろと警戒しながらも歩き始める。とにかく、進もう。僕は此処に来る前何をしてたのか。日本から異世界に落ちて。カインさん…カインさんといた?どこにいたっけ…ナンオウから王都ヴェーノに旅をした。そうだ、王城に…っ!

「…!ー…っ!ヂュー!!」

「っ、モリーっ!」


 考えながら歩いて思い出した途端聞こえてきた、使い魔モリーの声。皆の、声。

「しっかりしろ、坊主!」

「少年、起きよ!」

「…っ、」

 カインさんの、声も。聞こえる。届く。僕の中に。ちゃんといる。皆、居るんだ。見えないけど声が聞こえてくる。目を開けろって。僕に声をかけ続けてる。

 なのに少しだけ怖じ気づいてしまう。あの人は…?カインさんと知り合いらしい人。すべてを手に入れると言った…。

「…!」


 精霊さんの光が僕の前に出るとすうっと現れた灰色の人影。何故だか彼だけはっきりと見える。細身の耳の長い美しい人。カインさんがチャトゥニと呼んだ…。

「私こそがカイン様を手に入れるに相応しい。あなたは要らないのです」

 微笑む目元はきれいだけど笑っていない。怖い。でも、言い方がなんか傲慢で気に入らないと思った。そういう僕も傲慢なのかもしれない。だけど、でも、相応しいとか手に入れるとかなんか違うって。好きだって気持ちは…もっとこう。

「…カインさんを、ちゃんと」

 好きなのかって言おうとしたのに。

「なんならあなたを元の世界に返しましょう」

「…………………、え?」

 予想もしない言葉に僕は思考停止した。

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