第168話 カインとデリカネーヤ。
デリカネーヤは元々貴族の出自でなく、実力のみで地位を得た成り上がりの家に生まれた。不慮の事故で両親を亡くすと途端に周りは潮が引くように去っていった。後ろ楯なく生きていくには貴族の世界は厳しかった。ある程度は自身の力のみで出来、魔術部隊には入隊したが派閥に対抗するのにあと一押し足りない。この頃彼の中で何かがあり変わることとなったらしい。気がつけば隊長に上り詰めていたほどに急激な変化。それが大公の養子という権力だったのか。しかし肩書きに寄らずデリカネーヤは邪魔をさせないだけに権力を使い武勲を実力で積み重ねてきた筈、それが何故。
「王太子殿下第三王子殿下お久しゅう」
「デリカネーヤ…」
何を聞けばいいのかわからない。聞いてわかることかもわからない。それでも聞かねばならない気がして名前を口にしたがそれ以上が言葉にならず途切れる。
「戻れないのか…?」
「…私の意思で踏み出したのですから。後戻りはしません」
喉から押し出されたのは確認だけ。もう取り返しのつかないところまで進んでいる。彼我の間に横たわる変えようのない流れに逆らうことも出来ずに。
「そうか、なら」
「ここからは力にて押し通らせて頂きます」
「譲れないな」
「ええ。お互いに」
寸分の違いなく同時に剣を構えた。はっきりと敵味方に別れる瞬間であった。
兄を他の護衛に任せカインはデリカネーヤと向かい合う。屋内に降る雨は未だ続いていて視界が悪い。これもデリカネーヤの魔術、いや魔法なのだろう。さっき大公が水の精霊を使役とか言っていた。
「…いきます」
宣言してデリカネーヤは魔力を纏わせた剣を振るう。水飛沫が鋭く飛びカインに向かってくる。それを斜めに避けながらカインもデリカネーヤに向かって走り出す。
一合、二合、剣が金属音を立ててぶつかり合う。その頃には周りの戦いも再開され雨音に衝撃音と怒声が混じり騒然とするが、雑音が廃されたように向かい合った相手へと集中する。
幼い頃に魔力の修練に立ち会ってもらったことを思い出す。優しくも厳しく指導してくれた先生。個人的事情の為に特別な魔術も施してもらった。異世界から来た彼の指導も行ってまたお世話になったというのに。彼から先生を奪うのか。
「何故ですか…先生、何故!?」
傷つけるかもしれないと思っても聞かずにいられない。逃げることも止まることもない。進むために敢えて傷つけるとしても、戦い結果を求めるならばやるしか。それでも理由を聞きたい。自分の納得のため、相手の…デリカネーヤの本音を聞くため。
「…ふふっ、殿下に先生と呼ばれるのは何年ぶりでしょう」
寂しそうで痛そうな表情は一瞬のこと、苦々しく顔を歪めて放たれた言葉と切っ先は鋭かった。
「貴方に何故と聞かれるとはね!」
「くっ」
辛うじて避けたが頬に一筋血が滴る。激しくなった剣に口を開く余裕が無くなり、逆にデリカネーヤは大声をだし迫ってくる。
「わからないでしょうね貴方には!放逐されて尚愛されいつも側に居た、貴方には!」
家族と離れても繋がっていた情、退団してもついていた騎士、出逢えた本当の恋、再会しても変わらない国民、どれをとっても確かに俺は恵まれてる。だが怒りを発散するように剣を繰り出すデリカネーヤにとって気に障るのがどれかはカインにはわからない。
「何の事か?」
聞き返すと皮肉げに嗤われ眉をひそめる。
「そういう無意識がっ!そうやって知らないままでかっさらっていった!あの人が、憎かった…けれどもう終わったんです」
「…終わった?」
「私がこの手で殺したんですから」
「ころし、た」
とっさに理解が及ばずに鸚鵡返しにすると鋭い打ち込みすら止めて丁寧に繰り返され、カインの喉がひゅっと音をたてて。
「ええ、もう、ガザシは居ない」
「…ッな!?」
雨は激しさを増していた。
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