第167話 カインと王族と貴族と。

 貴族派と王族派の人が割れる。普段見ることのない珍しい漆黒の騎士服を着た集団に囲まれてカインは現れた。騎士と似た服を着ているが王子らしく豪奢な房飾りのついた剣を腰ベルトに佩いていた。軽く柄頭に手を添えたままで歩く彼は背筋を伸ばし気負った風でない自然な様子でかえってその場を圧倒した。


「おおカイン、我が孫よ、反逆の主よ」

 反乱軍の旗頭として指名手配をされている、その原因である大公が両手を広げて大袈裟に呼ぶ。

「今こそその時じゃ……その剣をもって王族を滅せよ!」

 芝居がかった老人の姿を真っ向から見据えカインは姿勢正しくぴしりとはね除けた。

「お断りします。私は籍を抜いたとしても王族の義務を、誇りを、忘れはしない。我らの身分は民の礎にこそ在るのだから」

 その姿は王子の肩書きこそ失えど間違いなく王族の誇り高い精神そのものである。母を動乱のなかに亡くし貴族達王族を利用しようとした者達に恨みはあったろうその対象が王族派に居ないわけでもない。だがカインは許す許さぬの次元を越えてその尊い精神を我が物としていた。得難い成長を彼の背に見るかばわれるような形となった家族は王族は感動に目を潤ませ胸震えた。後悔と懺悔を抱きながら、それでも情をなくしはしなかった。情を確かに受け取っていた。今、昇華して。細く頼りなく思えた絆はしっかりとそこに存在していたのだ。

 誇りと義務と、愛情を。解りやすい形で示すことはできない立場だった。けれど分かりにくい形でも情は伝わり受け取っていた。だから今ここに立つ。

「…ふん、我が手駒にはならぬか。まあ貴様ごときの意思など無意味よ。反逆の扇動者として愚か者諸共滅ぶがいい」

 だがその王族たる精神を忘れた大公は己が罪咎すべてを負わせて片付けようと指示を出す。

「貴き血の者よ我が貴族どもよさあ反逆者を制圧し…玉座を我に捧げよ!」

 号令をかけた本人は少し後方へ下がり周りを取り囲んでいた貴族が代わりに前に出てくる。手にした剣を振り上げ一人が走り出すとあとは雪崩のように一気に向かってきた。


 王太子を背にカインはすらりと剣を抜き正眼に構える。ナンオウでは魔物相手が多く抜刀術に近いスピード特化の剣を使うカインだが今は集団相手の乱戦だ。鞘から抜く間でさえ余分、無駄を省き向かってくる敵を斬り倒していくだけ。正式な剣技の礼などない、数の暴力にカイン達もただただ切り伏せていく。十人も倒せば血が肉が剣に絡み動きの滑らかさを奪い始める。体を反転させる勢いで抜き力業で次を叩く。敵方貴族の半分を斬って、肩で息をつく。向こうはまともな剣術を納めていない素人だが数の多さで辟易する。

「説得できなかったな。せっかく証拠も揃えたのにすまない」

「…兄上」

「お前が気に病むな、カイン。それより犠牲は少なく済むようこの場をどうにか」

 敵を捌く合間に会話を交わしていたがざっと口をつぐんだ。



「おお、来たか。水の精霊を使役できたのだな」

「…はい、義父上」


 誰も剣を持ったまま動かず雨音以外無くなったホールで大公の前に現れた男はかしずくように恭しく一礼する。大公は作品の完成を眺めるような視線で満足げに頷いて見せる。

「何故、ここに、…デリカネーヤが」

 呆然とその光景を見つめながらこぼれ落ちた呟きに答えるように重ねられる声。

「魔術部隊の隊長?…そうか、彼は養子に」

 取り込まれたか、という王太子あにの小さな声にカインは顔を歪ませた。


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