第169話 ガザシとかつての。
ふらつく足を叱咤して剣と魔法を避ける。強行軍の疲れもあってかなりギリギリで身をひねって避けた。
「貴方も落ちたものだ」
「へっ紙一重で避けんのが玄人だ、ろっ」
更に追撃を避けて固い地面に転がる。ガザシにはすでにあちこち傷が出来ている。デリカネーヤの方はほぼ無傷である。いや、心に負った傷までは見えない。だが世界に意味がないとまで言い切った男に同じ気持ちで応えることも出来ないのだ。ごろごろと転がって避けるが追撃はやまない。むしろ激しさを増してかまいたちが降ってくる。満身創痍で攻撃の雨をもう、避けきれなかった。
初めて会ったのは王城で二度目は魔術部隊と騎士団の合同訓練だった。王城では顔の印象も覚えていないが訓練では顔に似合わぬ苛烈な攻撃に舌を巻いた。激しい向上心に興味を抱いて話しかけるようになった。貴族の中にあって貴族でない出自から立身出世に積極的らしい。だが不正を嫌う性情に好感を持ったのは確かだ。飽くまでも友情として、だが。俺は裏で活動する組織に入り影から王族を護衛する任務につき、女騎士であった妻に一目惚れ。追いかけて追いかけて口説き落とし結婚した。渋る彼女を殆ど泣き落としで説得して一子をもうけ幸せ一杯だった。だがいつしか国は乱れ王も側妃も病に倒れ後継争いに発展する。貴族の欲望が暴走し、側妃は儚くなられどさくさのうちに第三王子も辺境へ押しやられることになった。その際の暗闘により妻と子が死んだ。王都を離れていた俺は後に内戦の巻き添えと聞かされた。息子は表の騎士として遠征に出ていたが妻は産後騎士に復帰して側妃の護衛をしていた。病は表向きの言い訳で貴族による暗殺だったのだろう。妻は護衛騎士として戦死した。わかっていたことだった。俺も妻も息子も戦いの中に身をおいて生きていた。死と隣り合わせであるといつも意識していた。けれど二人を失って生きるのに絶望した。荒れてまともに仕事さえ出来ず街を彷徨く俺を見捨てず話しかけてくれたのはデリカネーヤとカインだった。忘れて休息するのも必要だと言ったのがデリカネーヤで、家族を忘れなくていいのだと言ったのがカインだった。自分を責める俺に家族をもっとよく思い出せとどんな人だかもっとちゃんと思い出せと言った。忘れて楽になるより愛した人の思い出とこれからも歩くその道を作ればいい。そうだ妻は騎士に誇りを持っていた。死の瞬間にも職務を全うしようとしていたに違いない。こんな俺に憧れ尊敬を胸に剣技を磨いていた息子も。生きている俺がしょぼくれて当たり散らし荒んでいるなんて、情けないと嘆く綺麗な妻のしかめ面、悲しそうな息子の下がった眉。ありありと浮かび、幼いカインにすがって泣いた。その時デリカネーヤは俺の背を撫でていた気がする。背後で、どんな表情だったか俺は知らない。カインも幼すぎてわからなかっただろう。もしかしたら、今のような顔だったのだろうか。
痛いと泣く子供のようにぐちゃぐちゃの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます