第152話 カインと渇れる…世界。

 王都の水が干上がり水路が消えた。

 その知らせは昼下がりの下町に第三王子指名手配より衝撃を与えた。

 王都の水路は王城背面にある湖から貴族街下町と城を三区画に割り荷運びに利用される水運の要である。それがなくなると言うことは流通の消滅、更には生活水の枯渇を意味する。正に生き死にに関わってくるのである。一生に一度見かけるかも定かでない王族の事なんて平民の関心事には程遠い。

「マリナ、それは本当か?」

「事実でございます。民はみなこぞって飲み水の確保に奔走しております」

「なんてことだ…」


 民の悩みは日々の生活に直結するものだ。そして遠からず町の危機となるだろう。どう解決するか、カインは頭を抱えた。

「ぎゅあー、せかいのきんこうくずれる」

 唐突に姿を現した精霊王の雛、少年が命名したカルモが呟くように発した言葉に空気が凍る。

「精霊王の雛よ、世界の均衡とは」

「ぎゃあお、つききえた」

 繋がっているのかわからない言葉の一つ一つに混乱しそうになるが、月、と聞いて夜空に見た光景を思い出す。

「月…?まさかあの、月、が?」

 いつからか見えなくなった青い月、あれの事を言っているとしたら。世界の属性を司るモノが消えたということ。つまり、

「世界の半分が消え、た…?」



 その後第一王子の手の者や先代宰相の部下から海が目に見えて減っているとの報告が上がってきた。

 王都にくる前に立ち寄ったラーシェイでは浜辺にうち上がった魚が腐臭を漂わせて凄いことになっているらしい。ただでさえあの街は働く男たちの匂いでいっぱいだったというのに更に………想像だけで鼻が曲がりそうになる。

「国内の水が消えているのは確か、か…あるいは他国でも起こっているのかもな」

 一国の権力闘争の為に、否、むしろ個人の身勝手な理由で世界が崩壊するなど到底許されるはずもない。落とし前をどうつけるか。ことによっては外交問題にまで発展するだろう。その場合我が国の不利は必至。

「全く、とんでもない事をしてくれたものだ…」

 カインは頭痛に加えて腹痛まで抱えるようだった。

 兎も角、当面の対策をどうするかだ。王太子である兄はもちろん考えているだろうが、こちらはこちらで自分にできることがあるはずだ。同じ王族であっても王太子として一般に知られている兄よりは身動きしやすい。兄のテリトリーの王都で活動する意味はないからそれ以外で動くべきか、だが外へ出るには指名手配のせいで警戒が強い。

「殿下、影に指示を」

 マリナの言葉にカインは暫時瞑目する。この緊急事態に自分は動かずして命令を出すことに躊躇いがあったが、命を預かるということはまず自分の身に責任を持つ事でもある。指揮を執るべき自分が損なわれればそれ以上の人命に関わるのだ。上に立つ者の苦悩を噛み締めて目を開けた。

「ラーシェイを見てこい。必要があればその先もだ」

「は。承知しました」

 答えるが早いか影の者たちは闇に溶けるように消えていく。姿と言うより存在感を消す技であった。感嘆と共に溜め息を吐く。


「水の青月が消えた、か…いつまで保つか」


 喉の乾きのような飢えを感じ、カインは懐に入れていた魔道具を取り出して見つめた。今ごろ彼は何をしているのだろう。無事で会えることを願ってカインは彼にもらったペンダントのアミュレットを手に握り込んだ。

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