第121話 カインの逃避行。

 剣を振るうがなるべく殺さないように手加減しながら、走る。

 ルーファウスがさりげなく作ってくれた隙をついて執務室を抜けると騒然とする詰め所廊下を街側でなく更に奥に向かって走った。

 後ろから響く怒号に戸惑いつつ追っ手をかける騎士を剣の腹でなぎ倒し、突き進む。

 鍵のかかったドアを蹴り破って抜けると屋外に出る。修練場だ。

 うっすら汗をかいた肌に風が心地よく涼しい。

 すでに日の落ちた空には星が輝いている。

 乱れた息を整えるように大きく呼気を吐き出すが悠長にはしていられない。

 かつては何度となく剣の修練を重ねた、よく知った場所を小走りにまっすぐ突っ切る。

 石畳の試合場と周囲に配された大木だけのシンプルな場所だが、正面奥には神殿と同じく巨大な絵画が飾られている壁がある。

 絵の下、明かりを灯す燭台が左右対称に並んだそこに近づくと両方を同時に押し込む。

 低く地鳴りがしたかと思うとどこかでカチカチと歯車の噛み合う音が微かに聞こえ、正面の石壁が浮かび上がるように溝を作って横にスライドして開いた。

「………仕掛けが変わっていなくて良かった」

 身を屈めて潜るとすぐに閉まる。

 中は薄暗いが壁際の下部に魔石の灯りが点々とついており、天井の低い細い道が複雑に曲がりくねり分岐しながら続いている。

 王族にのみ伝わる秘密の抜け道だ。

 城に繋がるものもあるが多くは緊急時の避難路であり下町や街の外、あるいは山中等に分岐していく。

 城に行ったところで隠れるくらいしかないだろうとカインは迷わず下町へと進路をとった。

 先ずは待たせているあの子と合流したかった。


 しょっちゅう利用していた細い地下道を出ると下町の更に路地裏。

 食堂トワイスのすぐ近くの枯れた井戸から辺りをうかがい人気がないのを確かめ地上に出た。

 路地をするりと抜けると何食わぬ顔で歩き宿へ向け足を踏み出す。

 正直全力で走りたい気持ちではあったが不自然にすぎる挙動はしてはいけないと考えるくらいの冷静さは残っていた。

 あと少しで下町の大通りから宿が見えるというところまで進んだとき、足元に軽い衝撃を受けた。

「…っ、モリー?」

「ッチュー………ジブンは…………」

 モリーが一匹ひとりきりで町中を動いているなんて、おかしい。

 カインはモリーの主である彼が調査を頼んでいたのは知らなかったのでとても不審に思った。

 モルモの性質などは知っていたのだから一匹で動くこともあるのはわかるのだが、がそれをさせるのが想像できなかった。

 実際に自身はこんなことにならなければそういう仕事を頼むことはなかったろうと言える。


「モリー、あの子はどうした?宿で寝ているのか?」

 その問いはむしろ願い、希望的観測であったかもしれない。

 しかしその期待は裏切られる。

 最悪の形で。

「ヂュウウゥ、主が…」


「魔方陣でどこかに飛ばされたのや!」

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