第121.5話 デリカネーヤの独白。

 魔方陣の光が少年を包むように集束し細い柱になって消えると、手の中にあった繊細な硝子細工も粉々に砕け散る。

 稀少な伝説級レジェンダリーの魔道具だったが仕方ない。

「あの人を手に入れるにはこうするしか…」

 少年の泊まっていた部屋を一瞥し瞑目した一瞬の後デリカネーヤは宿から出るべく踵を返していた。

 王族の緊急避難のため実家で預かっていた、避難先がランダムな転移魔道具は確かに発動した。

 どうやら使い魔を逃がしたようだが一般伝令に汎用されるモルモだったので作戦に齟齬そごは無いと思われる。

 ならば進めるのみ。




 若かりし頃より追い求めてきたその人は、私ではなく彼女へ振り向いた。

 真っ直ぐに正義を守る姿は眩しくて時おり目を背けたくなるほど。

 その人を彼女はひたすら心身で以て支え続けた。

 隣に並ぶと言うよりそっと背に手を添えるだけの優しさだった。

 突き進むその人にはその儚いような優しさが必要だったらしい。

 だが私にはひたすら強くなって向き合うことしかできず。

 あの時、間に合っていたら。

 あの人は彼女より私の手をとっただろうか?

 否。

 彼は彼女を亡くしてなお、息子と生きようとしていた。

 それを打ち砕いたのは………、あの御方。

 指示を出したのは確かにあの御方だけれど、手を下したのは国の暗部たる私だ。

 あわよくば。

 胸に空いたその心の隙間に入れたら。

 そんな邪な想いに気づいたかのようにあの人は隠し近衛の第一線を退き南の辺境へと下った。


 私の仕業とは気づかなかったらしい。

 ナンオウで会ってみてそう思った。

 けれどそばにはまた義息子むすこと言ってはばからぬ少年が居た。

 王子はいい。

 あの人が小さな頃から当然のように守ってきたのだ。

 私も同じようにそれを見てきた慣れがある。

 だからこの時王子が居てもあの人の妻も息子もすでに亡く、安心して我が物にできると思って会いに行ったのに。

 どこの馬の骨ともわからぬ少年があの人の心を埋めてしまっていた。

 邪魔者は排除しなければ。

 ニ度目は躊躇いも全くなかった。



 優しげな顔で近づき教えを乞う少年を弟子のように扱い手懐けた。

 信じやすいのか笑いそうになるほど簡単だった。

 ある程度の評価はつけてやっても良かったがほどほどに護身を教えただけで放置した。

 案の定呼び出し部屋を出させるのに警戒など何も無かった。

 転移で何処に行ったかはわからない。

 生死の保証もしない。

 あの人以外のそんなことどうでも良かった。


 私の邪魔をする者は誰もいらない。

 王子も本当は排除したかったがアレはまだ利用できるからな。

 あの人をここへ引き寄せるために。

 あの御方との取引でもある。

 厄介な御方ではあるが国の一大派閥に逆らうのは得策ではない。

 面倒だがそれもすべては私たちのため。


 あの人と、私の、為に。

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