イシュメール救出! さまよえる蒼い弾丸の街





もう、なんでこうなるのよー!



「みぃちゃん、安心して。俺も本気を出そうとは思ってないから」



ゆぅくんもゆぅくんで、レイさんに対して深々と『礼』しちゃってるし……




「ユウクン……私に楯突いたことを後悔させてやる!」




レイさんは身を屈めた素早いステップで、ゆぅくんとの距離を一瞬で縮めて、お辞儀をしている彼に近付く。


頭を垂れている彼の顔面を目掛けて一撃を放つつもりらしい。


戦闘試験で過去最高の成績を記録したレイさんの蹴り技が当たれば流血どころの騒ぎじゃない。



「ゆぅくん、あぶない!」



思わず駆け寄ろうとしたら『誰か』に肩を優しく掴まれた。



「安心せい、我が導きの郁美よ。彼には……ユウくんには通用せんだろう」



その独特な低い声が紡ぐ言葉には妙な説得力がある。



「……まぁ確かにゆぅくんなら、どうにか……ってアナタは!」



私を制してくれたのは『伸長190cm、髪は茶色、筋肉もりもりマッチョマンのアーミー隊長』だった。



「隊長さん! おつかれさまでーす」



隊長はキャンペーン・ハットを被り、柄の入っていない焦げ茶色の迷彩服を着ていて、清々しいほどに刈り上げた短髪が特徴的。


背も高いから、遠目でも隊長だと認識できてしまうほどに個性的な人物なの。


そんな隊長は私の横で、傷だらけで厳ついけど優しく毅然たる表情で、ゆぅくんとレイさんのイザコザを眺めている。



「うむ、お疲れ様だ。研究の方はどうだ? 捗っておるか?」



「あのですね、前々から問題になっていた『SW』の拡張……っていつの間に居たんですか!」



「そんな細かいことはどうでも良ーい! 今は目の前の戦いから目を逸らさないんだぁ!」



「あ、はーい」



隊長と話している隙に『戦場』では色々と動きがあったみたい。


いえ、逆に動きがなくなっている。膠着状態に陥っている……のかも。



「隊長さん……解説をお願いします」



「レイ准尉はユウくんに不意打ちを食らわせようと、腰の入った重い蹴りを、見事な曲線軌道を描いて放ったようだが紙一重で躱さてしまったのだよ。さらに! なぜ2人が睨み合っているのかと言うと……」



「そうなんですね。隊長さん、分かりやすい説明ありがとうございました」



隊長曰く、レイさんの鋭利な蹴りをゆぅくんはギリギリで避けてたみたい。




「なるほど、できる……いや、紛れか?」




訝るレイさんを余所に、ゆぅくんは『古武術』の独特な構えを優雅に取る。


いつ見てもカッコいいなぁ。


確か、あの映画の『あの人』が使ってる武術と同じなんだよねー。


元工作員の刑事さんだったり、7年間意識不明だったり、冷凍庫に閉じ込められたコックさんだったりの……




「挨拶も無しにいきなりか。礼儀もあったもんじゃないなァ……『レイ』さんよォ」



「貴様、馬鹿にしているのか? 今は礼儀など気にしている場合ではない!」




構え直したレイさんは、今度は腰を使わない腕の瞬発力だけを利用した拳をゆぅくんに向けて連続で見舞う。



「レイ准尉の動きは教本通りの模範的なものであるな。郁美よ、解るか? あの攻撃は予備動作の殆どない、相手を牽制し間合いを計る為の余り威力のない技だが、常人なら見切ることなど到底無理な速度がある。それに威力がないと言え、軍人のレイが繰り出す1発でも当たれば殆どの人間は持ち堪えることはできないはずなのだ」



「そうなんですか?」



レイさんの、ほんの僅かな肩の動きや目線で軌道を予測して全ての攻撃を最小限の動きで往なしているゆぅくんを見ると、そこまでの脅威には感じないから不思議。



「だがユウくんなら話が別だ。普段から『船長』の地獄の訓練で、予備動作の一切ない防御不能攻撃を受けまくってるだろうからのう」



「そ、そうですね。あはは……」



お陰で鼻の骨が折れまくってるって言ってたけどね……




「准尉にしては良い動きだ……だがなァ!」



「なにっ!」




「ほぅ……あの速度の強打を見切った上に片手でレイ准尉の手首を掴み、空いているもう一方の腕でレイ准尉の腕を絡めるようにして自分の手首を掴み、レイ准尉の手を背後に回し上に引くように捻り上げるとは流石である! アッパレじゃ」



うーん、関節技は良く解らないけど、ゆぅくんがしてるのはアームロックってやつなのかな。スゴく痛そう……




「こんな簡単に極まッちまうなんて……堪んねェなァ!」



「まだだ、まだ終わっていない……」



「おいおいマジかよ! スゲェ根性してんじャん!」




だめ押しと言わんばかりに、ゆぅくんは更に締め上げる。



「……隊長さん、止めなくて良いんです?」



「若者の『青春』に水を指してはならんからの。我々はココから見守ることしか出来ないのだぁ!」



「青春って……こんなのが青春なんですか?」



私が思い描いていた青春って……ちょっぴり淡くて、スゴく楽しくて、大人になって思い返すと何処か切ない、人生で最も輝かしい場面だと想っていた。


それは幻想だったのかな……


僅かに見えるレイさんの表情は、怒りと憎しみによって激しく歪んでいて普段の爽やかな面影は残っていなかった……




「まーだ解んねェかなァ……今更『テメェ』が何をしようが結果は出てンだよなァ」




レイさんを見下すゆぅくんの目は、いつの間にか『血に渇いていた』。


かつて私の前に現れた『あの英雄』のように……




「どうだァ? キモチイイだろォ?」



「ふざけるなっ! 貴様如きに……」



「ほらほら、ガンバレガンバレ!」




私から見てもレイさんは逃れることが出来ないって分かる。早く負けを認めないと、ゆぅくんはきっと……




「貴様の様なイクミを誑かす不埒な輩に……貴様だけには負けられんよ! 貴様のせいでイクミは……貴様のせいで、どれだけ心を……」



「黙れ、クソガキ。この程度の実力で誰かを護れると本気で思ッてんのかァ? 笑わせんじャねェよ!」



「貴様がなんと言おうと『世界』は……イクミは私が護る! 例え、この身が砕けようとも!」



「あ? 知らねェよ、んなこと。ま、そんなに死にたきャ『俺様』が……」




ゆぅくんの中の『人ではない何か』が彼の人間性を蝕んでいる。


彼の中に隠れていた『凶暴な獣のような何か』が表に出始めている。


すぐに止めなきゃ……


じゃないと彼は、私の知ってるゆぅくんじゃなくなっちゃう。そんな気がする。



「やめて、ゆぅくん! それ以上いけな……」



「レイ准尉、戦闘不能! よって勝者、学園ピークォドのユウ選手!」



隊長が仲裁に入り、なんとか事無きを得たのだった――




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