あ! イシュメールがこなごなに……!?
ゆぅくんは、目が隠れそうなほど伸ばした前髪が風で乱れるのを気にせず、柔らかな午後の日差しを受け気持ち良さそうに微笑んでいる。
彼は目付きが悪いせいで、何もしてないのに反感を買う事が多いって嘆いてた。私はそんなこと気にしなくて良いと思うんだけどなぁ……ゆぅくんは容姿が優れてるし、デズモンドなんかより普通にカッコいいと思う!
艶のある黒髪がとっても似合ってて、つい見とれちゃうし……ってあれ?
「ゆぅくん、おでこ怪我したの?」
「あ……ちょっとね。研修中に不測の事態が起こって……でも大丈夫! 奇蹟的に大した事なかったから!」
「そっか、よかった……」
神衛隊ベルセルク候補生選別育成機関の1つである学園『Pequod』のことは、ゆぅくんから聞いてる。
子供みたいな教官さんや美人なラグナシアさんと仲良く勉強してるってことを……そして神さまの為に身を投げ出す覚悟だってことを……
彼が話してくれる体験はおとぎ話のようで、空っぽな私を満たしてくれる唯一の楽しみだった。部屋で映画を観たり本を読んだりする以上の……
学園で起こったことをゆぅくんから聞くのは大好き。それは今でも変わらないと思う。
呪縛のような『遺伝性疾患』のせいで研究所という狭い鳥籠から出ることの叶わなかった私にとって、ただ私の『よすが』だったの。
けど、それはいつしか不安の種となって私の心に蒔かれていた。
……いつからだろう。
ゆぅくんのことを想うと、胸が締め付けられるようになったのは……
「風が気持ち良いね、みぃちゃん」
「あ、うん! 空気もおいしいしー」
私ったら何考えてたのかしら。せっかくゆぅくんと居るんだから楽しまなきゃ!
ゆぅくんと一緒に歩けるだけでも私なんかには贅沢なんだけど……雰囲気的に手を繋ぎたいかもー。この時間は外を出歩いてる人がほとんど居ないから人目を気にする必要ないし!
「おーい、イクミ!」
けどこういう時は男子からってのが鉄則って千景は言ってたっけ。
「イクミってば! おーい!」
でもゆぅくんって鈍感だから気づかないかな? ここはやっぱり私がリードしてあげなくちゃね、一応おねぇさんなんだし!
「ゆぅくん! あのね、提案があるんだけど手を繋が……」
「みぃちゃん、誰か呼んでるみたいだよ?」
「えっ! うそっ!」
ゆぅくんが指差している方向を見ると遠くから、焦げ茶色の迷彩服を着た、金髪を目に掛からないように切り揃えた細身の人物が軍靴を鳴らしてこちらに走ってくる。あれって……
「あっ! レイさん!」
「イクミ! やっと気づいてくれたか」
レイさんは輪郭の整った中性的で危険のない顔立ちを、よりいっそう明るくして私たちの側まで走ってきた。
「お疲れさまでーす。どうしたんですか?」
レイさんは私と同い年で『アーミー隊長』率いる戦闘班で活動している爽やかな軍人さん。
最初は、無愛想で堅苦しくて心の芯が冷たい、昔の『映画』とかに出てくるような古風な軍人さんだなーって思ってたけどそうじゃなかったの。
軍人さんは子供っぽい性格の人が多いんだけどレイさんは、どんな時でも冷静沈着で穏やかな大人びた対応をすることの出来る人。
研究所の皆は『チーフ』とか『主任』って呼んでたから、階級は准尉のはず。
「やぁ。一昨日から籠りっぱなしだって聞いたから心配してね。仕事の方は捗っているかい?」
「一段落したから休暇もらったんですー。そうそう! あのね、ゆぅくん。こちらはレイさん。『軍所属』の戦闘班で『アーミー隊長』たちと一緒に研究所を護ってくれてるスゴい人だよー」
「お初にお目にかかります。丹野研究室所属の『葉島 悠耶』です。今後とも宜しくお願いします」
今ゆぅくんが言った『はじま ゆうや』は研究所での彼の名前。教会都市では『ゆう・L・なんちゃらかんちゃら』って呼ばれてるみたいだけど『由来』からして、あんまり気に入ってないみたい。ちなみにゆぅくんの本名は……
「キミがユウクンか……私はレイだ。イクミから話は聞いてるよ、なんでも幼い頃からの知り合いだとか。まぁ斯く言う私も何度か『二人きり』で食事に行く程の仲なんだがね」
レイさん、今はそれ別に言わなくて良いと思うんだけどなぁ……
「さいですか……俺も御覧の通り仲良くさせてもらってますよ。まぁ何度か『みぃちゃん』の手料理を振る舞ってもらうぐらいの仲ですけどね。さっきも一緒に昼食を作って一緒の部屋で一緒に食べてたのですがね」
「そうなんですよー。久しぶりに狩人風ビゴスを作ろうかなーって思って材料買ってきたけど、ゆぅくんったら食べ盛りだから出前で……」
ってあれ? なんだろう? この不穏な空気は……
ゆぅくんに向けるレイさんの目付きが、いつにも増してキビシイし、なんかゆぅくんも『人が変わった』みたいな雰囲気だし……
「……確かユウクンはイクミと同じ部署だったね? キミが不甲斐ないからイクミが要らぬ苦労をするんじゃあないのかな? キミの活躍を耳にすることが全くないんだが……本当に活動しているのか?」
ど、どうしよう! いきなり話が変な方向に! 研究所の市民じゃないことがバレたらゆぅくんも怒られちゃう!
「そ、そんなことないですよー! ゆぅくんだって……」
「言ったところで軍人のアナタに何が理解できるのですか?」
「なん……だと……」
「ちょ、ちょっとゆぅくんっ!」
「階級章を見たところ……アナタは准尉ですね。ココの実態も知らない薄っぺらい道徳を笠に着た若造が、俺たち科学者に易々と口を挟まないでもらえますかね……偉そうに」
「ほぅ……『もやし』の癖に度胸だけは大したものだ。実力だけで這い上がった私を侮っていると見える」
レイさんは左足を少し前に出し、軽く膝を曲げて半身を切った状態で拳を構えて、ゆぅくんに対して『明らかな』敵意を表してしまう。
「やる気ですか? ほんと品の欠片もないお方だ。これじゃアーミー隊長も苦労するな……来いよ、三下。少し遊んでやる」
ゆぅくんは私を後ろに下がらせてくれる。やっぱり優しいなー……じゃなくて!
「ちょ、ちょっと2人とも! こんなところで……」
「イクミは下がっているんだ。この男を修正してやらねば私の気が済まん」
もう、なんでこうなるのよー!
「みぃちゃん、安心して。俺も本気を出そうとは思ってないから」
ゆぅくんもゆぅくんで、レイさんに対して深々と『礼』をしてしまうのであった――
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