第24話 誰が郁美の命を奪ったのか
――「もうすぐ『お蔵になる』かもってのにねぇ……はい、いくみは『三点セット』だよね」
彼女は私の分もコーヒーを用意してくれたみたいで、専用のマグカップを運んできてくれた。
「うん、ありがと。ちょうど飲みたかったんだよねー」
受け取った『砂糖、ミルク、クリープ』が入ったコーヒーは、穏やかな香りとほろ苦い味で私の眠気を覚ましてくれる。
昔の人は「コーヒーは朝食でもあり昼食でもあり夕食でもある」なんて言ってたみたいだけど、そこまでいったら立派なカフェイン中毒だと思うの。
正直私はコーヒーより紅茶の方が好きなんだけど、そんな手間の掛かることは千景に秘密。
「そうそう、いくみは12時には帰れるんでしょ? デザート用にってスイカも斬ろうとしてたから、あとで部屋に持ってくね」
「ほんと? やったー」
「うちらだけじゃ食べきれないからさ。んで、いくみの方はどうなの?」
「私は研究室に籠りっぱなしー。ご飯はインスタントだしシャワーもココだし……おいしいご飯食べて、足を伸ばして温かいお風呂に入りたいー!」
「そんなに行き詰まってるの? なら、この天才ちかちゃんが解決してあげよう!」
「あのね、α波とθ波の測定を2つ分してたでしょ? ほら、この画面……これは良い感じなんだけど、やっぱり『レクター博士』の言う通り両方を採用した方が良いのかなーって。せっかく回路に『opsin』を発現させたんだからって」
「うーん……うちは『BMI』だか『BCI』だかのことは詳しく知らないから何を言ってるのかビタイチ解らないけど、どっちにしろこのままじゃ負荷が凄そうね。結局は無理矢理ってことなんでしょ?」
「そうなんだよねー。丹野さんは元々『Android』推奨派だから乗り気じゃないけど、レクター博士がさ……」
笑ってはみたけど、ぎこちなかったかな。
「レクター博士は何でこんな……」
「合理的なんだから仕方ないよー。何より私の望んだことなんだから」
「……いくみは本当に平気なの?」
「うん。今のとこは、なんにも不具合ないしー。お陰で……」
白衣のポケットから振動がする……誰かから着信みたい。
私の携帯電話は古い型だから、出るまで誰か分からないんだよね。
やっぱり着信番号表示機能くらい付けてもらえば良かった。せっかくディスプレイが付いてるんだし……ゆぅくんとデズモンドのも同じ機種だから、きっと不便してるんだろうなぁ。
「ちょっとゴメンね、電話みたい……」
私が携帯電話を取り出すのを見て、なぜだか千景は軽い微笑みを右頬に浮かべてる。
「うちのことは気にしないで電話に出なよ。あー、もしかして『戦闘班の彼氏』だったりして」
「もう違うってば! 『レイ』さんは、ただの友達って言ってるでしょ!」
「はいはい、そうでござんしたねー。早く出てあげなよ、待たせちゃ悪いって」
「もう、ちかってば……はい、郁美です」――
――「そういや、みぃちゃんと一緒に歩くの初めてだよね?」
「そうね。なんか変な感じじゃない?」
居住施設と研究施設を繋ぐ、草木に囲まれたメインストリートは見慣れてるけど、ゆぅくんと一緒に歩くと違った景色に見え、木漏れ日も普段より暖かい感じがする。
「いや、そんなことないよ。俺にとってはココで体験する何もかもが新鮮だからね」
「ゆぅくん、学園に通い始めてからは休みの日しか来れないもんね」
「ちょっとやそっとの変化じゃ驚かないつもりだったけど、みぃちゃんが普通に立てるようになってたことには驚いたよ」
そう言うと彼は、温厚な顔を綻ばせた。
「ごめんね。いち早くゆぅくんに知らせたかったけど、そんなことで電話したら迷惑かなって思ったの」
「考え過ぎだよ。いつでも連絡してって言ってるじゃん?」
「えへへ、ありがとー」
ゆぅくんは私に対して、いつでも優しい。そんな彼と一緒に歩ける日が来るなんて感激だなー。
ずっと……ずっと前から憧れてたんだよね。
今まではゆぅくんに車椅子を押してもらってるばかりだった。
こうして彼の隣に居ると、私より背が高いんだなーって実感する。昔は同じぐらいだったのに、いつの間にか抜かされちゃってた。思えば『あの時』からゆぅくんは私の背中を見守っててくれたんだよね……
「そういや歩行支援装置だっけ? ソレって何で動いてるの? 電気?」
「あのね、なんかスゴい技術を使ってるから充電とかいらないんだってさー」
「着けてるだけで勝手に動いてくれるってこと?」
「うん、そうだよー。スゴいよねー」
「なるへそ。やっぱスゲェよ、科学は……」
歩行支援装置の詳しい動作原理は、ゆぅくんには秘密。
だって倫理的に考えてもそうだけど『電子部品が体に埋め込まれてる』女の子って、教会都市で暮らしてる彼からしたら少なからず異常なはずだから軽蔑されたくないし……とは言っても車椅子を使う私を蔑まないゆぅくんに限って、そんなことは無いと思うけどねー!
「でねでね! 私が立って歩いてると、みんなして私のことチビチビーって言うの。ちかだって私とほとんど変わらないのに、ひどくない?」
「確かにそれはひどいね。けど、みぃちゃんって小さくて、コタロウみたいに可愛いからね。つい構いたくなっちゃう皆の気持ちは分かるな」
「もー、ゆぅくんまでひどーい。私は、こたみたいに可愛くないよー」
「いいや、そんなことない。みぃちゃんは可愛いよ、世界一可愛いよ」
言いながら私の頭を撫でてくれる。
「もう……ゆぅくんってば……」
恥ずかしくて、くすぐったいけど幸せ。なんか自然と笑顔になっちゃう。
小太郎や小次郎が撫でられてる時に嬉しそうな顔する理由、わかっちゃうなー。
「俺、変なこと言った?」
「ううん、べっつにー」
「にしては随分ご機嫌だね」
ゆぅくんは、目が隠れそうなほど伸ばした黒い前髪が風で乱れるのを気にせず、柔らかな午後の日差しを受け気持ち良さそうに微笑んでいるのだった――
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