クレイジー・デズモンドは挫けない




「ユウ、なにか見つけたか?」



学習机の前で思案に暮れているとデズモンドが背後から話しかけてきた。



「うん、驚かないでよ……」



彼に問いかける為に振り向くと、半裸になったデズモンドが美冬のベッドへ侵入していた。



「何してるだァー!」



「ユウよ、誤解してくれるな。これは調査の一貫だ。布団に温もりは感じられない。寝心地も最高で異常なし。よし、次はクローゼットだ」



彼は蠢くようにしてベッドから這い出ると迷うことなくクローゼットを開ける。



「ちょいまて! ベッドはまだしも、そこはマズイでしょ!」



いくら郁美の為とはいえ『下着』があるであろう女の子の不可侵領域を荒らすことは許されるはずがない。


第一に、クローゼットに手掛かりがあるとは思えない。学習机の上に『それらしき品』が沢山あるのだから……



「ほらユウ、これでも見て落ち着け」



そういうとデズモンドは白い何かを無造作に放り投げてきた。



「これは……まさか!」



受け取ってみて分かったが、それは『件の神器』だった。飾り付けの無いとても素朴なものなのだが、素材である絹は硬蛋白質と繊維素により構成される素肌に優しい天然繊維で、精練の工程で繊維の断面構造は楕円形、あるいは三角形を形成し、それにより美しい光沢を放ち高い気品を持つ。


しかも軽くて滑らかな肌触りで、吸湿性、放湿性、発散性、断熱効果に優れており、それは繊維間の細やかな気泡により齎され、余分な水分を吸収、乾燥すると放出するため快適な着心地を維持でき、蒸れずに爽やかな感触が続く……と着用したことのあるデズモンドがこのまえ語っていた。


その性質は有毒ガスに対する簡易的な防具ともなるらしいが……



「ユウよ……なに考えんだ?」



「なにって、そりゃ……」



取り扱いには少々注意が必要で、洗濯にも手間が掛かるらしい。色情とは無縁な郁美には似つかわしい逸品である……などと考えていたと言える訳がない。



「お前さん、鼻血出てるぞ?」



「……不可抗力だよ」



日頃の訓練で教官が俺の鼻を容赦なく折りまくるのが悪いのだ。そのせいで鼻血が出易い体質になってしまったのだ。そう思おう、うん。



「血が垂れる前に拭いとけよ……ったく手掛かりの『手の字』もありゃしない。難儀に、机上にあるとは思えねぇが……」



「あ! そうそう、机に色々あるよ」



「そういうことは早く言えよ。どれどれ……郁美、やっぱり渡せてなかったのか」



彼は水色の状袋を見ているようだ。



「どういうこと?」



脅迫状の類いと思っていたが、どうやら違ったらしい。



「詰まんねぇ内容の手紙が入ってるだけだよ……お前さんは知らない方が良いだろうさ」



俺は知らない方が良い? どういう事だろうか。そう言われると逆に気になるなぁ……



まさか恋文……『ラブレター』っちゅうやつか!


だとしたら、なんか色々と衝撃だ。いや郁美が恋に目覚めたってのは目出度いんだけどさ。なんかほら、俺にとっては妹みたいなもんだから素直に応援したいと思うけど相手が誰なのか気になる。ちゅうかデズモンドだけじゃなくて俺にも相談してほしかったな。お兄ちゃん、ちょっと寂しいぞ……



「っておい、ユウ! こいつはヤベェぞ! 驚くなよ、郁美の日記があるぞ!」



「うん。そうだね」



純白の表紙に小さな鴉が一羽だけ印刷されている、郁美の秘密日記帳が机上にあるのは先程確認している。



「これは俺に読めと言う神の御告げに違いない。うん、きっとそうだ! 奇蹟者として従うしかあるまい」



なんか白々しいなぁ。



俺は知ってるぞ。彼は奇蹟者でありながら神さまを其れほど信仰してないのだ。その癖に都合の良い時だけ神の名を語るのだから始末が悪いのだ。



「えぇと、これは日付からして数日前のか……【わーい、今日はゆぅくんがお見舞いに来てくれたー。対人制圧訓練? で、教官さんがデズを投げ飛ばしたんだって。見たかったなー。けどデズが受身を取れなくて肘の関節が反対方向に曲がっちゃったっぽいから、やっぱり見なくていいやー】だとさ」



あろうことかデズモンドは、郁美の不在を良いことに、机にあった日記を朗読し始めたのだ。



「声に出さなくて良いよ……」



と言いつつ興味があるので聞き耳を立ててしまう俺がいる。許せ、郁美の為なのだ。



「なになに……【ゆぅくんとデズのお弁当のオカズどうしようかなぁ。最近は固いパンと薄いチーズしか食べてないって言ってし、明日はお肉食べて良い日だって前に言ってたからハンバーグ入れてあげようかな! ゆぅくんの好物だし!】だそうだ。内容は兎も角、カワイイ挿絵付きだぞ」



見せてきたページには可愛らしい丸文字で文章と郁美お得意の愛嬌のある犬と猫の絵が書かれていた。



「なんだこりゃ。どこ開いてもお前さんが登場してん……」



デズモンドは暫く読み続けていたが何かを見つけたようで、打って変わって黙読してしまう。



「手掛かりでもあった? デズ……?」



俺の声など届いていないと言わんばかりに日記を睨み付けるその瞳には鬼気迫るものがあり、常人ならば声を掛けることを躊躇ってしまう程の気迫を発していた。


しかし彼は半裸なのでどうしても間が抜けて見える。



「デズ、一体何を……」



再び彼に問い掛けた刹那、突然何者かによって開かれる玄関の音が静寂の支配する室内に響き、言い知れぬ緊張感で体が硬直してしまうのだった。




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