リビングの中の戦争
「それなら……」
それならどうすればいい? 郁美を助け出し研究所に移り住むか?
だとしてもエイハブ達の結末は変わらない……それどころか郁美を連れ戻す為に英雄達が研究所に押し掛け、夥しい被害が出かねない。
認めたくないが八方塞がりだ。
一介の学生にはどうしようもない問題という事なのか。俺は余りにも無力だ。このままでは郁美も『優唯』のように失ってしまう。一体どうすれば……
「……安心しろ、ユウ。そんな状況に『なったら』俺も黙っているつもりはない。俺が関わりゃ誰だろうと裁きを下す事は出来ない。背徳者として『霧の国』へと洒落こんでやらぁ」
確かに、彼を裁くことの出来る者は存在しない。
それは『奇蹟者』だけに赦された特権……デズモンドには恩寵による大赦が神々から保証されているのだ。
言い換えれば彼を裁く者が居ない故に犯した罪は赦されず、穢れは誰にも清められることはない。
そうなれば教会都市で生きていくなど不可能だ。
神と同等である奇蹟者という存在に対して疑問を抱いた民衆の反感を買い、都市全体に混乱を招くことになるのは目に見えている。
それに『穢れを清める』ことを生き甲斐とする英雄達から事ある毎に命を狙われる事になるはず……教皇以上の権力者を体よく始末する千載一遇の機会ともなるのだから。
だが彼は、研究所や他の場所へ逃げ出し全ての罪を忘れてのうのうと暮らそうなどとは考えず、全ての責任を果たす為に世界から姿を消すつもりなのだ。
郁美一人を救う為に、その身を擲つ覚悟なのだろう。
「デズはそれで良いの? 自分だけが犠牲になっても……」
「全てを犠牲にしても護るって約束だからな……その時が来ただけだ。ま、そんな事お前さんは忘れちまってるだろうがな」
彼の言葉には頼もしさと懐かしさがあり、いとも容易く俺を悪夢から開放してくれた。
心の底から湧き出る感情を抑えきれず涙が流れ出てしまう。まるで滝のようで俺の意思では止めようがない。
自らを犠牲にしても救いを与える……デズモンドが奇蹟者として認定された所以も納得がいく。
「ユウ、異論は無いな?」
「うん。みぃちゃんを救う為に、デズに従うよ」
「よし! そうと決まりゃ、まずはここで何が有ったかを把握するのが先決だな」
「そうだね」
ふと、俺の脳裏にあることが浮かんだ。
「あ、通信端末で連絡してみる? もしかしたら何か情報が……」
「いや待て!それは悪手だマジで!」
俺の一言に彼は慌てふためいた。
何か不味いこと事を言っただろうか……そうか、そういうことか。
端末の着信により俺達の意図が少しでも悟られてしまったら、警備が厳重になり作戦が困難になってしまう。
それどころか決行する前に捕らえられてしまう可能性を孕んでいるという事か。
「危なかった……流石だね」
「お、おう! んじゃ俺は浴室、お前は寝室。移動開始だ」
女の子の寝室へ勝手に入るのはどうかと思うが、今回は余儀なしというやつだ。
そんな心配を余所にデズモンドは浴室へと向かってしまう。
俺も彼に途中まで付いて行き寝室の前で別れ、扉を開くと、そこは見慣れた景色を描いていた。
「さて、どこから調べるかな。みぃちゃんの為とは言え、勝手に部屋を荒らすのはマズイよなぁ……」
寝室内へ踏み込む前に、取り合えず入り口で目視観測しとくか。罠が怖いし。
まぁ、有ったとしたら扉を開けた時点で、御陀仏だったはずだが……
カーテンの隙間から漏れる太陽に照らされた薄暗い洋室に備え付けのクローゼット。
寝心地の良さそうなベッドには、ふかふかな寝具一式。
天井も壁も床も普通に無機質。
どこを見ても、異変も罠も見当たらない。
「それじゃ、おジャマします」
何か手掛かりが有るとすれば机ってのが相場だな。ということでソコから手を付けるか。
「ふむ……やはり色々あるな」
まず目に付いたのは、天然木の学習机の上に置かれた純白の日記帳だった。
表紙に小さな鴉が一羽だけ印刷されている。
これを勝手に読むのはマズイよな。何か手掛かりがありそうだけど、何となく気が引けてしまう。
それ以上に、中を見てしまえば俺と郁美の今の関係が終わる……そんな気がするからだ。
「……読むのは最後にするか」
その他には『伏せられた写真立て』『半分に割れた櫛』『表面に何かが書かれている封印されていない水色の状袋』が置かれていた。
「この露骨な『封筒』が怪しい……噂の脅迫状ってやつか?」
書かれた文字の配列は『alphabet』に酷似しているが、学習机の上部に設けられた棚に並べられている本の背に書かれた文字と同様で、教会都市で使用していない文字列の単語が殆どなので俺には読めない。
崩壊前の文明が色濃く残る研究所では当たり前なので気にしない。デズモンドに解読を頼もう。
「……にしてもアレだな。こんな時に不謹慎だけど」
普段は気にしていなかったが女の子特有の甘く優しい香りを認識してしまい、意に反して心がざわめいてしまうのだった。
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