嘘だと言ってよ、アーミー隊長
「みぃちゃーん、居ないのー? おジャマしちゃうよー」
「……当然だが返事は無しか。邪魔するぞ」
デズモンドは玄関で靴を脱ぐと裸足で足早にリビングへと向かい、廊下と居間を隔てる扉を開き室内へと姿を消す。
俺も靴を脱ぎ揃え後を追う。
彼を郁美の部屋で一人にしたら何を仕出かすか分からない。
以前、デズモンドが郁美を訪ねた時、不在なのを良いことに『色々とやらかした』らしいのだ。そのせいで彼は合鍵を没収され今に至る……
なので俺には彼が変なことをしないように見張るという使命が有るのだ。
「デズ、せめてスリッパは履こ……」
「ユウ、ちょっと来てみろ」
リビングの方から、いつになく真剣な彼の声が聞こえ俺の心に言い知れぬ影が広がる。
悠長にスリッパなど履いている場合ではないらしい。急いで向かわなければ……
「デズ、どうかしたの?」
白を基調とした柔らかなリビングのド真ん中で、デズモンドは釘付けにされたように突っ立っていた。
「……アレを見てみろ」
と言われても何の変哲もない家具があるだけじゃないか?
デズモンドはソファー付近を凝視しているようだけど、まさかアレは……
「みぃちゃんの車椅子……だよね?」
誰も座っていないことが当たり前のように『車椅子』が平然と居座っていることを漸く認識できた。
彼が凍りついているのも納得がいく。
「アレなしで出掛ける訳ないよね?」
郁美は昔から足が弱く、部屋の中を少し歩くだけでも彼女にとっては重労働なのだ。なので車椅子無しで部屋の外へ出るなど考えられない。
これは明らかに異常事態だ。
「だな。玄関は閉まっていて靴も無い。それなのに車椅子はある……番狂わせも良いとこだ」
先程までの戯けた表情が消え、恐ろしく厳粛な表情で考え込む彼を見ていると、そこはかとない不安で手足から血液が引いていく。
「体調不良で医療施設に運ばれたとか?」
「それも否めねぇが嫌な予感がする。お前さんにも覚えがあるはずだ」
言われてみれば確かに、これと似た状況があったような……
「まさか……そんな……」
『ペルセウス』により研究所で引き起こされた『天災』が頭を過り、鋭い刃物で刺されたかのような痛みが胸を襲う。
ヤツが郁美に指一本でも触れていたらと考えると、荒々しい負の感情が俺の心を支配し始める。
「おいおい、どうした? いつものお前じゃねぇみてぇだぞ。落ち着け」
憎悪に飲み込まれかけている俺とは裏腹に、軍人のような険しい顔付きだったデズモンドは普段の明るい天真爛漫な表情に戻っていた。だが、それは俺を苛立たせる素材としては十分だった。
「この状況で落ち着いていられるか! もしかしたら、またペルセウスが……」
「だとしたら……何する気だ?」
彼は朗らかな表情を崩さず俺に問いかけてきた。どこか『含み』のある言い方が癪に障る。
「聖域に……『神殿』に乗り込んで郁美を助け出す」
「んなことしたら『誇り高き英雄サマ』共が黙っちゃいねぇぞ?」
神の系譜である英雄と対峙したら只では済まないというのは火を見るよりも明らかなのは重々承知だ。
「その時は潔く粛清されるよ」
「お前さん一人だけで責任が取れるかねぇ……」
「どういうこと?」
「神聖な神殿に人間風情が入り込むなんて罪悪を犯して、自分だけ粛清されて事が済むなんて思うなよ。神に抗うに等しいんだぜ? 学生であるユウの『引責と称して』エイハブは背徳者認定を食らい粛清されかねん。そうなりゃラグナシアは……」
「ラグナシアは『教会都市の教官の所にしか行き場がない』のは俺も知ってるよ。背徳者の教え子の末路なんて、死ぬより辛い目に遭うのが関の山……って言いたいんでしょ?」
「御明察。エイハブのしてきた事は目出度く全て水の泡ってぇ訳だ」
そう言うとデズモンドはソファーに、だらしなく座ってしまうのだった。
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