男の花道 英雄玉砕



「ここは自然豊かで気持ちが良いな! 砂と埃ばかりの荒野とは大違いだよな! すぎひのきまであるんだぜ!」



「そうだね。世界崩壊前はこんな自然が当たり前だったなんて、何度ここに来ても信じられないよ」



何でか知らないが、デズモンドは誇らしげだ。研究所には草木が生い茂り、同じ世界だとは思えない。



「だろだろ! もっと褒めろ」



研究施設から出て、居住施設を目指し並木道を雑談しながら歩く。


若葉をくぐり抜けた優しい日射しが揺れ、鳥の子色をした小鳥が囀ずりながら空に舞う。研究所には小鳥などの動物まで棲息しているのだから驚きだ。


ここ数年で生物が飛躍的に増加したように思える。


ベンチの上には、美しい毛並みの白猫が、柔らかな木漏こもれ日を受け気持ち良さそうに丸まって、小さな寝息を立てていた。



この研究所は世界崩壊前のをモチーフとしているらしく、紙媒体の書物が沢山ある図書館や巨大な時計塔、さらにはコンビニエンスストアと呼ばれる、多数の雑貨品を扱う商業施設まである。


何より驚くのは『貨幣の概念』が未だに存在しているということだ。だが実際には価値は存在せず、歴史的な経緯の名残だとか。ここに住む人たちも、貨幣のやり取りなど無駄と解っていながらも止めないらしい。なんとも謎の多い『街』だ。



「そういやデズは、研究所って何してるとこか知ってる? みぃちゃんが言うには人類の為ってことらしいけど」



「さぁな。都市の連中が言うには、化物を作ってるとか、遺伝子組み換えだかをしてるとか、再び戦略核兵器を開発してるとか、良い噂は聞かん。実際のとこは、どうだかな……というか俺は興味ない」



デズモンドは本当に興味がないのか、猫を追いかけて遊んでいる。いや、良く見ると数匹の犬に追われているだけかもしれない。兎に角、楽しそうだ。



そんな愉快な仲間たちが駆けている、綺麗な草花が生えた庭園には、子供が余裕でまたげる幅の澄んだ小川が流れており、小魚が慎ましく群生している。庭園中央には綺羅びやかな噴水まである。



頬に当たる風が快い。



仰いだ空は抜けるように青く、輝く星に手を伸ばせば掴めそうだ。



自然が生み出す清涼な空気は、一呼吸する毎に俺の肺を洗ってくれているように感じる。



本当に、平和だと思う。



ここにいると、世界が焼き付くされたという事実を忘れてしまいそうだ。



教会都市の人達は『科学者が世界を滅ぼした』と口にしているが俺は信じたくない。それは、きっと郁美の存在が俺の中で大きいからだろう……





有史以来、人間は同種で争い、幾度もの殺戮を繰り広げていたと講義で習った。


地球を何度も破壊できる恐ろしい兵器を各国家が保持し、互いに牽制けんせいし、上部うわべだけの平和を保っていたとも……



個人間でも、些細な考えの違いや怒りの感情に毒され、己の欲望を満たすため『なんの大義も持たず』他人を蹂躙じゅうりんしていたらしい。



まぁ、神が降臨した今もそれは変わらないか。現に昨日の後夜祭では恒例の……



「さぁ整列しろ、チビ共! 御父上様に挨拶するのだァ! 健気にうやうやしくなァ!」



少し目を離した隙にデズモンドは、複数の犬や猫を従え、庭園で井戸端会議を開催していた。


狼のような大型犬や毛むくじゃらの小型犬は律儀に『お座り』をし、軍隊のように並んでいる。


様々な模様をした猫たちは、集まってはいるが前肢で毛繕いをしたり犬の尻尾で戯れたりして興味無さげだ。



「おいお前ら、俺の言ってること解るか?」



膝に手を当て前屈みになり眉根を寄せいるデズモンドを、犬たちは何かを期待するような純粋な瞳で見詰めているばかりで何も答えようとしない。


きっと彼らにデズモンドの言葉は通じていないのだろう。


いや、通じていたとしてもをしている可能性も……



「逆に、デズには彼らの言いたいことが解るの?」



「さっぱりだ」



「デズは一体なにがしたいんだよ……って、あれは……」



庭園奥の丸太上で自分の尻尾を口に咥えて寝ている黒猫の隣で、つまらなさそうに寝ている唯一『首輪をしていない』毛並みの茶色い『熊の縫いぐるみ』ような小型犬に目が留まるのであった。




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