エイハブ痛恨の大失敗! デズモンドが研究所に放たれた
「アイツ、後夜祭でも酒を飲んでたらしいからな。全く無茶しやがって」
「まさかラグナシアに背負われて戻ってくるなんてね」
そう言いながら二人で神殿の地下通路を、点々とある白熱灯の人工的な弱々しい光を頼りに研究所へと繋がる道を突き進む。
エイハブが当初予定していた本日の講義日程は、幾何学、代数学、昼食を挟んで兵学全般という、拷問に等しいものだった。
だが後夜祭で酔い潰れ、ひどい二日酔いになってくれたので、学園は休校となったのだ――
――いつもの時間になってもエイハブが教室に来る気配がない。というかラグナシアすら居ない。
至極暇なので、教卓でエイハブの真似でもして遊ぶか!
「良い度胸をしているな、三秒で叩きのめしてやる」
我ながら中々の完成度だと思うぞ。調子が出てきた。
「ユウさ……」
「私は教官だ! それ以上でも以外でもない!」
もしかしたら俺は物真似の天才かもしれない。デズモンド程度なら軽く騙せるだろう。
「あの……」
「テメェの阿呆面を見るだけでムカついて吐きそうだ!」
俺自身がエイハブ本人なのではないかと錯覚する程の次元に達してしまった……
教室の出入口に立っているラグナシアも、黄泉帰った死人を見たかのように喫驚してい……ラグナシア?
なんてこった! 熱が入り過ぎてラグナシアが居ることに気づかなかった!
彼女は口を半ば開いたまま目を丸くし、紙を手に立ち尽くしている。
睫毛の長い、無垢な澄んだ瞳を良く見ると涙を両目いっぱいに溜めていた。
大方、俺の才能を目の当たりにし感動で言葉を失っているのだろう。
ならば、今の俺に出来ることは無様に取り繕う事ではなく、このまま突っ切る強硬手段のみ!
「なに見とんじゃオラァ!!」
「ご、ごめんなさい!」
彼女の涙腺は崩壊し、手にしていた紙と謝罪の言葉をその場に残し走り去って行った。
俺の才能が怖いぜ。教会都市の女神すら感激の涙を流す程とは……絶大な歓喜を感じずにはいられない。
と、それより彼女が落としていった紙。あれは大きさからして『指令書』か? だとしたら遊んでいる場合ではない。
急いで駆け寄り、紙を拾い上げ確認してみると、エイハブが書いたであろう『暗号文』で埋め尽くされていた。
それは『万葉仮名』らしき文字で構成されており、解読出来るのは極一部の者だけ……俺は元よりラグナシアでさえ解読不能だろう。
一番の近道はエイハブ本人に尋ねることだ。しかしエイハブが書いた指令書をラグナシアが持ってきた。
それはどういうことか……
簡単だ。暗号を解読出来る者に接触しろ、ということだ。
日頃からエイハブには『戦いとは二手三手先を読み行うのは当然。だが四手五手先を読みきれた者のみが勝利を掴む』と教えられている。
そこで俺はスラックスのポケットから『折畳式衛星通信携帯型端末装置』を取り出し、デズモンドへと連絡した。
数回の呼び出し音の後、耳慣れた声が受話口から聞こえて来た。
《はい、デズモンドです》
「おはよう、デズ。ユウだけど、今大丈夫?」
《なんだ、ユウか。どうした?》
「教官の指令書らしきものを解読して欲しいんだけど」
《お安いご用だ。今向かう》
俺がどこに居るのか解るのか? という疑問が生じたが、やはり彼には敵わない。
《気を付けろよ》
デズモンドはそう言うと、一方的に通信を切り、俺が居る四階教室の外窓を突き破り突入してきたのだ。
「待たせたな。それで指令書は?」
呆気に取られている俺とは裏腹に、あっけらかんとしているデズモンドに指令書を渡すと、彼は呆れたように笑い、解読した内容を掻い摘んで俺に伝達してくれる。
「今日は休校だとさ。なんでもエイハブが体調不良だとか……どうせ二日酔いだろう。ラグナシアがアイツの看病をしてくれてるらしい。んで、ユウは俺の手伝いをしろ……とお達しだ」
想定内の内容とは言え、そんな内容を態々指令書にするなんてエイハブらしい。
どうせ休校になってもやることなど皆無に等しいので、指令書に従うとしよう。
「デズ、今日の予定は?」
「自慢じゃないが、何もない。一日中暇だ。久々にエイハブの物真似でもして遊ぶか?」
それも悪くないと素直に思ったのだが、俺はある素敵な提案をする――
――ということで俺とデズモンドは研究所の郁美の部屋へ遊びに行くことにしたのだ。
教会都市と研究所はだいぶ離れた場所にあるが、この薄暗い地下通路を使うと、ものの数分で行き来できるのだ。
郁美曰く、神の奇蹟によるものではなく科学者が考案した『空間圧縮技術』という単純な科学技術らしい。
それがどのようなものなのか、さっぱり解らないが便利なので甘んじるしかない。
教会都市に住む人々は、聖域最深部の神殿を目にすることすら出来ない。だが奇蹟者であるデズモンドのおかげで、こうして直ぐに郁美に会いに行ける。
「さあて、今日は何処で何して遊ぶかな」
「また変な所を弄って、前みたいに停電させないでよ」
「人工太陽が暴走して研究所が吹き飛びかけたからな。ありゃ傑作だった」
「今度みぃちゃんに口を利いてもらえなくなっても知らないからね」
二人で談笑しながら緩やかな斜面を登ると研究所と地下通路を隔てる鉄製の扉が目の前に現れた。
デズモンドは、その扉の側面にある電子錠に某通信端末装置をかざすと、味も素っ気もない電子音が錠の解除を知らせてくれるのだった。
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