激闘! ユウの死
エイハブの笑いが収まり、俺が平静を取り戻す頃、もう一人が楽屋の扉を開け現れた。
「あら。ユウさんにエイハブ様、いらしてたのですね」
ラグナシアは、いつもの服装に戻っていたが、珍しくワイシャツの第二ボタンまで開けており、俺は、つい二度見してしまう。
人間を超越した圧倒的な魅力は『リンネ』の片鱗を示していた。
俺の隣に座ったままのエイハブは、いつの間にか新たなライ麦の蒸留酒を手にしており、瓶のまま一気に飲み干す。
「うむ、邪魔してるぞ。心配だから迎えに来たのだ」
「
二人が目配せしている様に見えたが気のせいだろうか……
白昼夢から生まれたような小物入れを、小脇に抱えた完璧な作り物のような少女は、そそくさと鏡台へ向かう。
「こんな陰気臭い所は、さっさと退散するのだ」
エイハブにとっては、やはり聖域内は居心地が悪いらしい。
その証拠に、先程から無茶な酒の飲み方をしている。まるで気を紛らわすように。
「お疲れさま、ラグナシア」
俺も爽やかな笑顔を作り、軽く手を上げ、何事もなかったかのように振る舞う。
先程の『任務』を彼女に悟られてしまえば、今まで俺が地道に築き上げた好感度が水の泡だ。
そうなれば俺の人生は、灰の様に色の無いものとなるだろう。
それだけは断固阻止せねば!
郁美が憧れていた甘酸っぱい青春を、俺が送らねばならぬのだ!
「ユウさん……小粋な変態みたいな顔して、どうかいたしました?」
「あ、いや、別に……ナンデモナイデスヨ」
……早々に思うんだが、ラグナシアの俺に対する好感度って相当低いのではなかろうか? 時折、俺を
まぁ、だとしても下手をしなければ今より下がることは無いだろうし大丈夫か。
エイハブも先程の茶番劇のことなどすっかり忘れているようで、楽屋に備え付けられている冷蔵庫から入手した果実酒に夢中だし……
「そうそう、ラグにゃん聞いてよ! さっきユウちゃんったらさ……」
いやはやエイハブは本当に面白い。危惧した瞬間に俺の
仕方がない。今年度で卒業とは言え今後の為にも、ここは華麗に話題を転換させていただくとしよう……というか俺の名誉のためにもエイハブの言葉を遮らねば!
「そうそう! ラグナシアはイナバさん達に、挨拶に行ってたの?」
「はい。そのあと、『
大浴場……そんなのも有ったなぁ。それをエイハブは解っていたから、俺に風呂を覗かせたのか。
鏡に映る彼女を良く見ると湯上がりらしく、良く温まったようで頬が紅潮している。
肩まで伸びた、絹のような美しい黒髪も大変色艶が良い。
俺たちに背を向け帰り支度をする仕草一つ一つも、舞いのようで見入ってしまう。
彼女は何をするにしても無駄を省く性分なのだろう。
そういえばラグナシアはワイシャツを第二ボタンまで開いたっけ……
もしかすると、もしかするかもしれない!
いや、まさか見える訳ないか……
椅子を傾けると俺の予想を裏切り、開けた胸元から控え目なふくらみが部分的に鏡に映って見えた。
普段はワイシャツのボタンを全て閉め、才色兼備で凛としている、教えを忠実に守る天才少女……という印章が強かったのだが、俺の胸の高鳴りは彼女が内に秘めた艶かしさから来るものという事は厳然たる事実であり、こうしてまざまざと見せつけられてしまっては……いや、実際には俺が盗み見ているという形になっているが、いくら否定しようが俺の心臓の鼓動は激しくなり、なんというか心を浄化されるようだと言う他あるまいと言うか俺は何を言っているんだ……
落ち着け、俺。まずは冷静に鼻血を拭かなくては……
そう思い鼻紙を探していると、楽屋の入浴施設の扉が勢いよく開き、驚いてそちらに注目してしまう。
「俺の服はどこだァ!」
その叫びと共にデズモンドが全裸で、華麗に側転しつつ脱衣場から楽屋に入ってきた。
「へぃへぃ、兄弟! このままじゃ風邪を引いちまうぜ!」
駄目だ、笑うな……笑ったら敗けだ。荒れ狂う全裸舞踏なんて古典的な寸劇で、何度もやられる訳にはいかんのだ!
この俺のプライド! やらせはせん! やらせはせん!! やらせはせんぞ!!!
目を閉じ深呼吸をして精神を落ち着かせる。頬の引きつりを押さえ、聴覚を遮断するだ……腹の痙攣を手懐けるために。
隣のエイハブは笑い過ぎて椅子から転げ落ちたようだが気にするな。
デズモンドは何かを言っているようだが、あんな乱舞は所詮こども騙しだ。込み上げていた笑いが早々に治まってきた。
デズモンド敗れたり!
勝ちを確信し目を開いた時、俺は目の前の光景に絶望した。
デズモンドは俺たちに背を向け、全裸のまま足を肩幅に開き、腰に手を当て、腰を左右に振って歌っているのだ。
あぁ……俺は笑った、素直に笑ったよ。それも腹を抱えて。
お前さんの尻は、やはり世界一綺麗だ。
恥ずかしい話、俺は息をするのもやっとのことだ。笑い過ぎて酸欠になりそうだよ。
俺もエイハブのように椅子から転げ落ちてしまったが後悔はない。
笑いを堪えきれない体とは裏腹に、思考は驚くほど鮮明なことが自分でも不思議だ。
周りを窺う余裕さえある。
ラグナシアは耳まで赤くして手で顔を被っている。
もしかするとデズモンドは鏡台前にいるラグナシアに気づいていないのではないか?
俺がそう思った刹那、デズモンドは何か気配を感じたのかそのままの体勢で上半身だけを捻り、振り向き、ラグナシアと目が合ったようだ。
いや、正確に言うとデズモンドがラグナシアを認めただけだ。
ラグナシアの視線は、デズモンドの股座に釘付けにされているらしい。
全裸の変態と純情な乙女の二人が見つめ合ってどれ程の時間が過ぎ去ったことか。
厳粛な聖域内で奇蹟者と女神が相対し、教導師長と生徒が地面を転げ回る……客観的に見ても異様な光景だろう。
そんな膠着状態を打開するのは、いつだってデズモンドだ。
デズモンドは無言でラグナシアに近付き、鏡台に置いてあるアイドル衣装を、さも当然のように着て、なにごとも無かったかのように彼女に挨拶をする。
「おう、リンネ。ライブお疲れさま。今回も最高だったぜ!」
「ありがとうございま……リンネさんに伝えておきますね!」
ラグナシアは平然を装っているが、顔が真っ赤だ。
「そうそう。俺とユウは学園に戻るけど、ラグナシアは後夜祭に参加するんだろ?」
「もちろんですよ。エイハブ様のことは私にお任せください」
それを聞き届けると、デズモンドは俺に歩み寄ってきた。
「ユウ、ふざけてないで帰るぞ」
ふざけているのは誰だよ……そんなことすら俺は口に出せない。
笑い転げている俺は、デズモンドに軽々と担ぎ上げられてしまった。
そういえば、エイハブは何の意図があって、ラグナシアの迎えに行こうと言い出したのだろうか。
この時はまだ、翌日の学園が休校になるなんて思ってもみなかったのであった。
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