不死の子だ! RX
――「同じ人間じゃねぇのかよ! どうして、こんな惨い……」
だれかがぼくを、つよくだきしめて、さけんでいる。
「同じ人間? 笑わせる。アレは背徳者……死ぬべき存在だ。それに私は……」
なにをいってるのかわからないけど、いやなこえだなぁ……
「それが……サマの……かよ」
「……様、聊か……かと」
「私に……気か? ……は日頃から……のだ。お前は今日で……」
ぼくをだきしめてるこのひと、あったかくて、ねむくなってきちゃった。
「……様、このボロ小屋を焼き……」
そろそろ、おひるねのじかんだから、ねてもいいよね。
「こんな事になるなら……こんな事なら……」
このひとのめ、きれいな、あおいひとみだなぁ――
――「お前は……『You・L・Blood - Fox』だな?」
俺の名を呼ぶ嗄れ声がし、急に踏み留まったので変な体勢になってしまう。
「は、はい?!」
その上唐突に、久々に正式な名前で呼ばれたので、つい上擦った返事をしてしまった。
声のする方に顔を向けるとそこに立っていたのは、白髪で鷲鼻、きっちりした白いワイシャツに、かっちりした黒いジャケットを羽織り、黒いスラックスを履いた教導師長『ベンジャミン』だった。
名を呼ばれ返事をしてしまった以上、無視する訳にもいかない。
彼に向き合って、無難な挨拶でもしておこう。
「ベンジャミンさま……こんにちは」
そんな俺の事をベンジャミンは、苦虫を噛み潰したような、忌々しげな顔で見ている。
「なんと品のない挨拶だ。そういう所ばかり
二言目には嫌味か。
しかもエイハブの『仇名』を、いともたやすく呼ぶ……
この人は苦手だ。俺もエイハブもベンジャミンに何をした訳でもないのに、会う度に何かと突っかかってくるのだ。
「……失礼いたしました、ベンジャミンさま。何かご用でしょうか?」
エイハブの面子の為とはいえ、なぜベンジャミンなんかに
「別に用という訳ではない。折角、私がお前如きに声をかけてやったんだ。少しは感謝したらどうだ? ん?」
俺はベンジャミンに、声をかけてくれと頼んだ覚えはないのだがな……
尊敬すらしていないのに、なぜ感謝しなければならないのか。
本当に面倒臭い。
「はぁ……アリガトウゴザイマス。何もないなら、用があるので行きますけど」
「全く、お前のような奴が背徳者と認定されないのはデズモンド様のお陰だというのに。あの御方を友達か何かと勘違いしているのか? 『本来粛清されるべきお前』をわざわざ養っているのだから、あの御方に、もっと敬意を払え。大体、お前とエイハブ教導師長はだな……」
ベンジャミンと言えど、曲がりなりにも教導師長なので、堅苦しい小言も黙って聞くしかない。
「……エイハブ教導師長のような卑しい者に、なぜラグナシアも付き従っているのか。きっと下劣な手段を用いたに違いない。あんな貧相で浅ましい者の下では、お前の様に穢れてしまう一方だというのに。本来は、功績のある私の所に来るべきなのだ。何人の神衛隊を
この場にデズモンドもエイハブも居ないことを良いことに、エイハブの不平不満をこれでもかとぶつけてくる。苛立ちで内なる何かが目覚めそうだ。
「……でなければ科学者の者共と共に粛清されているはず。辺境の学園に飛ばされて当然だ。エイハブ教導師長はデズモンド様の威を借りた畜生にしか過ぎない。デズモンド様もなぜ連んでおられるのか。あんな国賊のタダ飯食らいは……」
確かにエイハブは、ガサツで貧乏で適当だし上層部からの人望が薄い上に大食いでガサツで空気読まないしズボラで
ベンジャミンの様に、生徒に対して冷厳でないし、神衛隊へと数多く導いているという経歴もない。
やること成すこと全て適当で掴み所のない、エイハブのような教導師長は実際問題異彩を放つ。
その点に関しては
だがベンジャミンに、親しいエイハブの悪口を言われるのは耐えられない。
高々十数年の付き合いでエイハブの何が解るというのか。
俺にも
「……ん? You・L・Blood - Fox、なんだその反抗的な目は? 言いたいことでもあるのか?」
ふむ、不満で目付きが変わってしまっていたか……だが良い機会だ、言わせて貰おう。もうどうなっても構わん。
「俺はエイハブ教官のことを、そんな風には思いません。教導師として立派な方だと思っています」
ベンジャミンは、まさか俺が抗弁すると思っていなかったのか、目尻は険しく吊り上がり、凄まじい怒りで額に青筋を走らせている。
「落ちこぼれ風情が一端の口を……」
この暴君から、どう切り抜けようか考えていると俺の視界に、とてつもない速度で、ベンジャミンに『黒い塊』が迫っている事を認識した。
俺は反射的に飛び退き、すんでのところで衝突を避けられたが、俺にしか集中していなかったベンジャミンは、『黒い塊』と激突し、スタンド灰皿を巻き込んみ派手な音を出して吹き飛んで行った。
何事かと辺りを見渡すと、祭の人混みに紛れた小柄なエイハブが俺に一生懸命、手を振っているのが確認できた。
先程まで纏っていた炎はすっかり消え失せ、いつものエイハブに戻っていた。いつもより若干上機嫌な気もするが……
そんなエイハブの姿に、そこはかとなくイヤな予感がしたので、吹き飛んで行った『それ』の方向に目を向け、飛翔物の正体して俺は驚愕した。
某『黒い塊』は、やはりデズモンドだったのだ。
彼は服の所々を燻らせ、焼け縮れた髪を丸型にした爆発頭でベンジャミンに覆い被さっており、
俺はその光景に言葉を失ってしまい立ち尽くすしかない。
恐らく……というか確実に、エイハブがデズモンドをベンジャミンに
「ユウ、喜べ。
エイハブはいつの間にか俺の隣まで来ていた。
エイハブの指す『御粗末者』とは、デズモンドのことなのかベンジャミンのことなのか、はたまた双方なのか少し気になったが、聞くには及ばないか。
エイハブの鋭い視線はベンジャミンに向いているのだからな……
「よう、ベン。調子はどうだ? そんな事より、うちの生徒に何か用か? ユウが何か無礼を働いたのなら私から謝るが、そうでないのなら失礼させてもらう」
ベンジャミンは気絶しているのか全く反応しないのだが、エイハブは構わず言葉を続けるようだ。
「ベンも暇じゃないんだろ? 実行委員長なら、さっさと後夜祭の準備でもしたらどうだ? ……って聞く耳持たずかよ」
「教官……」
「ごめんな、ユウ。きっとベンに色々言われてたんだろ? 日頃の私が
エイハブは頬を少し
普段は『アレ』だが、エイハブが稀に見せるこのような表情は、幼い子供特有の魅力を持っていて可愛らしいと素直に思う。
さっきまでの胸につっかえていたものが消え失せるようだ。
「教官、何言ってんだよ。俺は、誰が何と言おうが教官のこと……」
「皆まで言うな、解ってる。ユウは心の優しい子だからね。嬉しいよ」
そう言うとエイハブは、背伸びして俺と肩を組んでくる。
エイハブの背伸びだけでは足りないので、俺も屈む。
「急にどうしたんだよ、教官。恥ずかし……」
その時気づいたのだがエイハブは、とてつもなく酒臭い。
鬼のように酒臭いのだ。
組んでいない方の手には一升瓶が握られている事を今確認した。
俺の視線に気づいたのか、エイハブは満面の笑みで、こう答える。
「これか? 糖蜜で造った蒸留酒だ。さっきそこで貰ったんだよ。いやはや教導師長やってて良かったわ」
「そ、それは良かったね」
こんなことをやっているからベンジャミンに
「よし、ユウ。ラグにゃんを迎えに楽屋へ向かうぞ。頃合いだろう」
不敵な笑みを浮かべるエイハブと肩を組んだまま、ベンジャミンとデズモンドを残して、俺とエイハブはラグナシアを求め、聖域内の楽屋へと向かうのだった。
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