焔の復活! 不死身の教官





デズモンドは大蛇の頭部に歩み寄ると、優しく手を触れの言葉を囁く。



お前さんの罪は俺が赦す。己を失い、我等の犠牲と成った憐れな息子よ……安らかに眠れ」



すると邪眼は徐々に色を失い、完全に沈黙してしまう。



「デズモンド様も大変ですね。このようにけがらわしい存在に対しても慈悲の言葉をたまわらなきゃいけないのですから」



その口振りは、いつものうるわしいラグナシアのものだった。


デズモンドは肩をすくめ、口を開く。



「そういってやるな。コイツも俺達と同じように生きようとしていただけなんだ。不器用ながら必死に……を追い求めてな」



その口調は子供を諭すような優しいものだった。



「それとお前ら、目を閉じた方が良いぞ」



その直後、大蛇の残骸は彼が触れていた部分から連鎖的に、灰の様に崩れ落ち、一陣の風に拐われて行く。


辺り一面は砂塵の竜巻に見舞われたかの如く、風が止むまで目を閉じることを強いられる。


暴風がようやく収まり目を開いた時に現れた予想外の光景に、言葉を失ってしまう。



今まで大蛇のせいで見えなかったが、そこには神衛隊ベルセルクのメンバーが居たのだ。


いや、正確に言うと居たと言うより『だったもの』があったのだ。



「ユウ、ラグナシア。良く見ておけ」



『それら』が神衛隊ベルセルクだと言うのは、武具を見れば一目瞭然だった。



付近に散らばる、狼をモチーフとした白銀の兜と甲冑。


身の丈程はある諸刃の聖剣は、腹に『ルーン文字』が刻まれ高い気品がある。どれもで鏡の様な光沢を放つ。



だがここに残っているのは絶望だけだった。



脅威に立ち向かう人類の希望は、今や物言わぬ肉塊と成り果てている。



上半身だけの者、腹が裂け内臓を出している者、原形を留めていない者など居るが、全員に共通することは、全ての苦痛から解放され静かに息絶えているということだ。



これが……神につかえる者の最期なのかよ。


こんな酷い有り様が……神に頼らざるを得ない人類の末路だとでもいうのかよ。


これじゃ……『あの日』と変わらねぇじゃねぇかよ――





俺は……


デズモンドは……


ラグナシアは……


神は本当に……





―― 「さて、今日の教習課程も終了したことだ。俺達も教会都市に戻るとするか」



暫く凄惨な現場を呆然と見つめているとデズモンドが重い口を開く。



「お前ら、いつまでボケッとしてんだ。早くしないと『戦乙女いくさおとめ』サマに連れてかれるぞ」



彼は、何を考えているのかさっぱり分からない表情でポケットから取り出した懐中時計を眺めている。


その手は傷一つ無く、いつもの包容力のある大きな手だった。



「そうですね。つい彼らに心を奪われて見入ってしまいましたが、あとはValkyrjur戦乙女様達に御任せしましょう」



……釈然しゃくぜんとしない。



この二人は、眼前の惨状に対して何も疑問が沸いてこないのだろうか。


どう見たって、これは……



「ユウ、お前らにゃ神サマが付いてんだ。だから、そんな顔するなよ。アイツ等は単に大蛇にやられた訳じゃない」




彼のお陰で正常な意識を取り戻す。


一瞬でも神を疑ってしまった自分が信じられない。まるで俺は背徳者はいとくしゃじゃないか。


頭を強く打った後遺症で、思考が混乱してしまったのだろう。


今はそう思い、自分を無理やり納得するしかない。



「そうですよ、ユウさん。彼らはゼウス様のに身を捧げたから、あの様に往生おうじょうげたのです。ベルセルクの方々、皆が満面の笑みで」



確かにそうだ。口元が伺える遺体は、を浮かべている。



「……それとも、神の御力添おちからぞえを疑ってらっしゃるの?」



俺を優しく抱き、軽く微笑むラグナシアの口調こそは砕けているが、俺を見つめるその瞳は大蛇を睨み付ける『それ』だった。



その迫力に、つい言い淀んでしまう。



言葉を間違えれば命は無い。



間違い無くラグナシアに、この場で





「バカ言うな。ユウに限ってそんな訳ないだろ。見慣れない死体を目の当たりにして驚いてるだけだ」



不穏な気配を瞬時に察したのか、デズモンドが助け船を出してくれる。



「デズの言う通りだよ。神さまを疑う訳ないじゃないか。ラグナシアこそ俺の信仰を疑ってるのか?」



何食わぬ顔で何とか言葉を捻り出すと、彼女の『殺意』は徐々に影を潜める。



「ごめんなさい、ユウさん。そんなつもりでは……私としたことが」



先程とは打って変わって、涙ぐみ唇を噛み締めている。



「あーあ、ユウくんがラグナシアちゃんを泣かせたー。リンネ信者に知られたら私刑リンチだな」



「あのさぁ……」



「デズモンド様、ユウさんを責めないでください。元はと言えば私の邪推が原因なのです」



「ごめんごめん、ラグナシアに嫌疑をかけさせた俺が悪かったよ。もう良いから帰ろう。さぁ行こうぜ!」



どうにか収拾がつき、安堵でため息と共に肩の力が抜ける。



「そうですね、帰ってお風呂に入りたいです」



ラグナシアは何の陰りも無く、人懐っこく、はにかむ。



「ずっと俺を抱えていたせいで大分疲れただろ? お詫びに背中流してやるよ」



「おいユウてめぇ……然り気無く混浴しようとしてんじゃねぇぞ。ラグナシアの表情を見たか? 感情を失ってるぞ」



俺たちは気兼きがねのないやり取りをしつつ、『何か』を忘れたまま教会都市へと帰路につくのであった。




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