さらば教官! マスターエイハブ、暁に死す


「……で、ぶん殴ったって訳だ」


「まじか、デズすげー」


「デズモンド様って純情派ですからね」



数時間に渡る帰還も三人で談笑をしていると、あっという間だ。


デズモンドは疎か、あれからずっと俺を抱えているラグナシアにも疲れの色は微塵も見えない。彼の英雄伝馬鹿話に相槌を打ちながら笑っている。



「そうそう、デズモンド様。以前からお聞きしたかったのですが、それって私達が産まれる前の出来事って本当なのですか?」



「あぁ。お前らが産まれる前ってか、教会都市が完成する少し前の話だ。当初は『アレ』すら無かったんだぞ」



デズモンドが見ている『アレ』とは、教会都市を囲む巨大な城壁の事だ。



遠方にそびえ立つ城壁を、改めて見ると、先程の大蛇程に巨大だということが解る。並みのでは傷付けることすら不可能だろう。



城壁には、ノルズリ、スズリなどと呼ばれる四つの門が設けられており、その各門の前に居る入城審査官兼門番が、日がな一日、簡素な机の前で椅子に腰掛け、往来おうらいを管理している。



特に入城審査主任の『リーグ』は別格で、地平線の向こう側からでもこちらを確認できる『千里眼』を有しているらしい。


真偽の程は定かではないが、神衛隊ベルセルク同様、オーディンの加護を受けているとすれば頷ける。



「お、リーグだ」


「リーグ様ですね」


「え? どこ? 二人はあの豆粒が誰だか解るの?」


「一目瞭然じゃないですか。ユウさんは頭だけじゃなくて目も悪いのですね」


「返す言葉がありません……」



それからしばらくして、白ずくめの服装をした馴染みの人物が見えると、俺を抱えるラグナシアもデズモンドも、心なしか表情が和らぐ。



「お疲れさまです、デズモンド様。書類の準備は出来ています。すぐにでも入城できますよ」



服装だけでなく、髪の色や肌まで白い、鼻筋の通った美しい青年の容貌はデズモンドに負けず劣らずだ。



「ユウくん、ラグナシアくん、二人とも教習ご苦労様。デズモンド様も無事で何よりです」



「うむ。迅速な手配を感謝するぞ、リーグ」



教会都市に入るには、入城審査があるのだが、デズモンドが俺たちの分もまとめて受けてくれる。


といってもリーグと俺たちは見知った仲なので簡単な問答で済むのが有り難い。



「改めてデズモンドだ。大蛇討伐研修を終えて戻った。お前は既に知っているだろうが、詳しくは祝賀会で発表されるだろう」



言い終えるとデズモンドは大きな欠伸あくびをする。極短い手続きでも、彼にとっては余程面倒なのだ。



「承りました。それではサインだけ頂きますね。えーと、エイハブ教導師長管轄の……エイハブ教導師長?」



その時、俺は天啓てんけいに打たれたかのような衝撃を受けた。デズモンドとラグナシアも、珍しく面食らった様子だ。



「しまった……」


「エイハブの奴を……」


「忘れてました……」



今になって、ようやくエイハブが居ないことに気がついた。それもリーグのおかげで。



「エイハブ、お前の勇姿は未来永劫忘れない……」


デズモンドは、遠い目をして空を仰ぐ。



「エイハブ様、貴方の無念はきっと晴らしてみせます……」


ラグナシアは目を閉じ祈りを捧げる。



「あんたらは、そんなに教官を迎えに行くのが嫌なのか……」



エイハブを勝手に殺すこの二人は、まさに『人でなし』だ……俺も忘れていたのだから強くは言えないが。



戸惑っているリーグを余所よそに、てんやわんやしていると、絶壁のようにそびえる巨大な城壁上から、高らかな笑い声が辺り一面に響いた。



「「「「そ、その声は!」」」」



俺たちは一斉に城壁を見上げるが、逆光で見難い。


テーラードジャケットを着たが仁王立ちしている、ということだけが辛うじて解る。


まぁ、この時点で大体は察しが付くのだが、仕方がないので少しだけ茶番に付き合ってあげるとしよう。



「「「「……まさか!」」」」



この一言を待っていたと言わんばかりに、謎の人物は意気揚々と名乗り出す。



「例えこの身が朽ち果てようと、それがこの世のカタルシス! 悪の化身けしんをこの手で浄化! 宿命砕くは我が魂! 教官エイハブ只今ただいま参上!」



城壁上でポーズを決めるエイハブと、能天気に拍手をしているリーグをその場に残し、俺たちは足早に教会学園へと帰還するのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る