エイハブの足がすっ飛んだ!




お目覚めだな。枕の心地はどうだ? さぞ良い夢を見れたことだろうな」



柔らか過ぎず硬過ぎない丁度良いラグナシアの膝枕を、目を閉じ堪能していると足元の方向で威勢の良い声が聞こえた。


首に力を込め声のした方向を確認すると、俺たちに対して振り向きもせずにいる『長い黒髪を後ろで一房に束ねている黒尽くめの男』の後ろ姿が少し離れた所に確認できた。


ラグナシアもそちらを向いているようだ。


どうやら薄手の黒いロングコートのポケットに手を突っ込んでいる『デズモンド』が声の主なのだろう。



「おはよう、デズ。頭は爽やか、最高の気分だよ」



そうは言ったものの、頭が割れているのではないかと錯覚する程の痛みが襲ってきているというのが事実だ。



「そいつは目出度いな。お前さん、自分の『おつむ』がどうなってんのか解ってんのか?」



その部分に手を当てると丁寧に包帯が巻かれているのがわかる。


触れた指には、綿布から滲んだであろう血が薄っすらと付いていた。



「もしかしてラグナシアが俺を手当てしてくれたのか?」



「はい。こんなこともあろうかと応急処置パックを持ってきて正解でした」



「ありがとう、ラグナシア」



「えぇ、感謝してくださいよ。デズモンド様もエイハブ様も重傷を負ったのですが、デズモンド様がユウさんの手当てを優先しろって聞かなかったのですからね」



ラグナシアの言葉に耳を疑ってしまう。


まさか『エイハブ教官』と『奇蹟者デズモンド』が重傷を負うほどの事態が起きていたとは……全く記憶に無い。



平然と立っている彼からは、どこかを負傷しているとは到底思えない程の余裕を感じるが……



「普段はアレだけど、こういう時はデズって妙に優しいよね」



「馬鹿言え、識別救急ってやつだよ。学園でエイハブから習っただろ?」



デズモンドは両手をハの字に広げて肩をすくめてしまう。


そんな彼は荒野の乾いた風にコートの長い裾を風になびかせ、いつもの軽口を叩いてくる。



「ま、手当ての上に膝枕までしてもらえると分かってりゃな。今からでも代わりたいよ」



デズモンドが言いながら両手をポケットに入れようとした瞬間、彼の手の甲は焼け爛れ、手の平の傷から赤い肉がはみ出し骨が剥き出しになっていることに気付いてしまった。



「おいデズ! その手!」



心臓が跳ね上がり、身体中の血が凍ったかのような感覚に襲われる。



「ん? あぁ、これか? 『ゼウスサマ』が『奇蹟』を遺憾なく発揮したんだ。流石の俺でも堪えたよ」



彼は見るに耐えない片手をひらひらと振っているが、足下には岩と砂にまみれた荒野に血溜まりを作っていた。



「ッ!?」



反射的に彼の下へ駆け寄ろうとしたのだが全身が悲鳴を上げ、上半身を起こすだけで精一杯だ。



「急に動いてはいけませんよ。ユウさんだってエイハブ様と激突して、おデコから頭蓋骨がコンニチハしてたんですからね」



ラグナシアは眉をひそめて、必死に足掻いている俺の背に優しく手を添えてくれる。



「ラグナシア、俺はもう平気だからデズを……」



「馬鹿も休み休み言え。俺を誰だと思ってんだ? お前さんに気遣われるほど柔じゃねぇよ。そんな余裕があるならエイハブを心配してやれ」



デズモンドはそう言うとポケットから皺くちゃの煙草を取りだし火を付け吹かす。



彼の手首には先程まで無かったブレス念珠が付けられており、あしらわれた紅玉が輝く。



「それよりを見てみろ。ゼウスサマが教会都市に凱旋するぞ」


デズモンドは何事もないように佇み、空を仰ぎ煙を吹き出している。



そんな彼の後ろ姿からは、顔面の左半分の肉が削がれ眼球と歯牙が剥き出しになっているなどと、俺とラグナシアは知る由もなかったのであった。




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