第24話

 最後まで認めず、彼女は意識を落としていった。

 そんな彼女の手足を抵抗できないように、まとっていたローブを脱がせ裂いて縛る。

 

 ローブの下はセーラー服で。形だけならいつのもの委員長の格好に戻ったわけだ。

 膝を落として、そんな彼女を横抱きにする。そのまま脱いでいた革靴を履いて、銀白の階段を降り、静かな黒い通路を通り抜ける。


 大きなチョコレート色の扉を開けると、彼はそこに立っていた。

 顔についた血は乾いて茶色く変色していて、沈痛な面持ちでずっと扉を見ていたのだろう。

 

 彼女を抱える僕を見て、憮然とした悲痛な顔で近寄ってきた。彼女をゆっくりと土の上に降ろす。ざわざわと木々が風にゆれ、かすかに砂埃が立つ。


「乙音、だよな」

「彼女は自分を玉葛友菊だと思い込んでいたみたいだけどね。たぶん二重人格といわれるもの」

「二重人格。そっか・・・。おかしいと思ったんだ」

「・・・何がだい?」

「転校初日から俺のこと『トモ』って呼んだのも。こんな、ガキや女が喜びそうなゴムくれたのも、全部」


 玉葛友菊にあげたかったものだったんだろね、と開きそうになった口を閉じる。そんなことは、彼が一番よくわかっているだろう。

 

 そうか、最初から。彼女の中に荻原灯は存在しなかったのか。ただの、代わり。だったのか。

 

 泣きそうな顔をする彼に、これだけは言おうと思っていた。


「君の咎じゃない」

「は?」

「彼女は元々狂っていた。玉葛友菊が死んだ日には、きっと。だから君が、そのことについて責任を感じる必要はないよ」

「・・・はは、ありがとな」


 耐え切れなくなったように、彼の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれた。若彼女を見ながら若干の嗚咽をもらすが、それほどに表情は動いていなかった。いや、動かさないようにしているのだろう。なんの意味もない、咎への抵抗として。

 

 きらきら月明かりに光る目で巻き続けながら、気絶した少女に触れ抱きしめる手は繊細なものに触れるかのごとく、優しかった。


「ごめん、乙音、ごめん」

「君が・・・」

「違うんだ。気づけなくて、ごめん」


 そう言ってなおも委員長を抱きしめながら涙を零し続ける彼に、ぼくはかける言葉が見当たらなかった。

 どうして彼が謝らなければならないのか、わからなかったから。きっとぼくの欠落している部分であろうそれに、彼を慰める言葉は見つからなかった。


 白み始めた暗い空に、委員長を抱きしめている彼へと手を伸ばす。わずかに照る光に、彼の涙にぬれた頬が光っているのをただ、どこか穏やかな気持ちで見ていた。


「もう、終わりにしよう」


 気絶した彼女を離さないようにと抱きしめる腕をはがして、引っ張りあげる。無理に立たされようとも彼は無表情で、抵抗も協力もしなかった。


(きっと今、僕はゴーストメイトとしてだめなことをしようとしている)


 今更かもしれないけれど、それでもいい。

 彼は僕の友だちだ。他の誰が認めなくても、彼がそう言った。僕がそう認識した。この、苦しいことしかない礼拝堂に来る前に思ったフレーズに心がわずかに緩む。

だから


「ぼくの名前、何時國いつくにっていうんだ。何時國いつか」

「は、変な名前だな」

「片瀬が付けたんだ。ぼくに言わないでくれ」


 無表情をわずかに和ませた彼の腹に、拳をたたき込んだことだけは覚えている。信じられないように最後に僕を見た彼に嫌われたかなと思って心が痛んだけど、それでも彼を守るためには仕方なかった。


 そこから片瀬に連絡して、迎えに来てもらい彼を預けて、ぼくは委員長を連れて校長室の鍵をこじ開けて中に入りに。警察に連絡を取り。やってきた警察官にこの学校での本来は事件と呼べるものを説明し、警察はそれを調べ。そうして事件は収束した。


 そうして彼女の、彼女自身の復讐は終わりを告げたが、彼女の親友の死はいじめによるものだとして学校側も大きな攻撃を受けた。それはもう、一時閉校に追いこまれるくらいには。

 

 奇しくも奇しくも、彼女の願いは、彼女自身を代償として果たされたのだった。


 そのくらいしか、ぼくはこの事件の顛末を覚えていない。

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