第19話
次の日も引き続き、テスト集計会議と言うことで、午後には放課後とあいなった。
朝のHR中、歓声を上げるクラスメイトたちに委員長が一喝しておとなしくさせた後、やはりこんなの初めてだねと彼に話しかけていた。彼はぼくのほうをちらりと見た後、そうだなと笑顔で返していた。
「で、これもあんたの仕業か?」
「まあ、似たようなものかな」
どこまでも続く青空、周囲をぐるりと囲む緑色の柵、梯子のうえには給水棟。陽光に温められたむき出しのコンクリートの上に座りながら、ぼくと彼しかいない屋上で卵パンを頬ばる。
片瀬に小さい頃に連れて行ってもらったパン屋のもので、夏になるとからしマヨネーズになるところが、またぼくの好みだった。幸せそうに食しているぼくを、彼は変なものでも見るように一瞥する。
彼は購買とやらで買ってきたと言うパンの山を横に置いて、そこから焼きそばパンを取り出すと、かかったラップをはずし、口に入れる。
「そういえば君、委員長のこと好きなの?」
「ごっふ・・・ちょ・・・ごっほ」
「え? 大丈夫かい!? お茶飲む?」
ぼくが買ってきていたお茶のパックを差し出すと、それを掴んでずずーと一気に飲み干した。まだ1口しか飲んでいないのに。恨みがまし気な目で見ようとして、逆ににらまれる。意味がわからない。
きょとんとしたぼくに、彼は鋭く舌打ちした。
「別に、そんなんじゃねーよ」
「いや、好きだろ」
「なんであんたが断言すんだよ」
「だってにらまれたからね、ぼく」
「それは・・・悪かった」
照れ笑いをした後、気まずげに目をそらされて謝られる。別に謝罪が欲しかったわけではないんだけど。
悩める青少年の肩を、ぼくは無言で叩いた。居たたまれなさそうにふるふると震えている彼が面白かったことだけはここに記しておきたい。
これからぼくがやろうとしていることは、そんな彼の心を踏みにじることになるであろうことなのだが。
「あと聞きたいんだけど」
「なんだよ」
げんなりと肩を落として彼が言う。今度は失敗しないように、焼きそばパンを食べ終わって、こっちを向いてくれたタイミングで、彼に言った。
「君は誰?」
「は?」
「この世界に、荻原灯なんて人物は戸籍上存在し得ないんだ。君は誰?」
「調べたのか」
「まあね」
苦笑して肩をすくめるぼくを、きっとにらむ彼。ぎりぎりと音がしそうなそれは、春の午後にふさわしくなかった。吹きぬけた風すらもどこか冷たく感じて、暖かい太陽の日ざしが心地よかった。
ぼくはまっすぐ、2本の指を立てて彼に示す。
「君が言えることは2つ」
「は?」
「1つは『あんたの友達だ』って言えばいい。ぼくはそれで納得しよう。もう1つはまあ・・・答えてくれると嬉しいかな」
ぽかんとした顔はどこか幼く見えた。小さく口を開けて、本当にそれでいいのかと訴える瞳に笑顔で頷く。ぼくとしては、どっちを言われても嬉しい。
なんせ初めての友達なんだ。そんなことを言われたら、不整脈を起こしてしまうくらいには嬉しい。
「・・・
彼はどうやら素直に答えてくれるようだった。けして『あんたの友達だ』と言うのが嫌だったわけではないと願いたい。
じっと彼の顔を見つめ続けていると、諦めたようにため息をついた。
隣のパンの山から次に用意していたチキンサンドをラップからはがし、一口含んで咀嚼し、飲み込んだ。そして自分の牛乳をずずーとすすって。
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