第13話
「『贖罪礼拝堂』日本語では、そう訳すらしいよ。贖罪っていうのはキリスト教においての意味は犠牲の代償たる償い、言葉自体の意味は過失の償い、クルアーンで言うなら罪を隠すことが転じた言葉なんだって」
「あんた、物知りだな」
偏ってるみてぇだけど。
ぼくたちの足音と声だけが反響する、礼拝堂の黒い廊下を並んで歩く。
価値のあるだろうたくさんの壁画はただ時を止めたように静かさだけを守っていた。
いくら春に近づき暖かくなったとは言っても、冷たい石の壁に囲まれたここは寒かった。明暗に関しても、ところどころに開いた光を射れる小さな窓があるから薄暗い程度ですんでいるが、明かりがそれしかないのはどうかと思う。廊下自体はぼくたちが並んで通っても大丈夫なくらいには広いけれど、そのせいで夜に来たらあっちへふらふらこっちへふらふらとなりかねない。
ただこの床が黒い石だかガラスだかで出来ているから音がかなりうるさいけど。あと、靴の汚れとかが目立ちそうだなあと思ったら、案の定土で汚れた足跡があって、やっぱりなと苦笑いした。
「外装はあんなに白さを押し出しているくせに、中身はこんなに真っ黒だなんてさ」
「マジな意味での『腹黒』だよな」
「違いないね」
まっすぐに伸びた廊下の突き当たり、入り口と同色の豪奢な扉をあけると視界が白くなって、あわてて目を閉じたが一拍遅く、光が目を焼いた。
瞬きをして慣れた目で見ても、その場所はまるで光の中にいるみたいに居心地が悪かった。
上に高く突き抜けた天井の、半分から上は全て鏡張りになっている。特殊な鏡を使っているらしく、床下に埋め込まれた照明から入る光が乱反射して、丸い部屋を白く白く見せていた。ただ、不思議なことに、「人がいない」ことが一番白く見せている要因なんだろうなと思わせた。
上へと伸びる壁や長椅子には一点の曇りもなく白く、床は廊下と同じだったが磨きぬかれたそれは光の反射に一役買っていた。長椅子が三連ずつ真ん中にあるスチールでできた螺旋階段に向かって置いてあって。
中央を陣取るシンプルだが頑丈な造りをしたそれは、見上げなければならないほどに高く、その鏡張りの天井の上へと続いている。無駄な装飾のない、鈍く輝く銀色に階段。が、ところどころ土でかすかに汚れている。ぼくたち以外にも誰か来たのだろうか。
いかにも神聖そうな礼拝堂だ。
「まぶしすぎだろ。ってか、なんか外から見たのと違くね?」
ひょい、とぼくの背後から顔をのぞかせた彼が呟く。
目の前に広がる「神聖」を描いたような礼拝堂の内装に、気持ち悪ぃ、と言う声がかすかに聞こえたから、この内装に不愉快を覚えているのはぼくだけではないのだろう。
「左目、大丈夫か?」
「は」
「あんた、左目おかしいし、あんま見えてねぇんじゃねぇの」
不思議そうな顔でぼくを見る彼に、思わず見つめ返す。目のことは知られていたが、まさか心配してくれるとは思ってもみなかった。彼が笑顔を見せるのも気にかけるのも、委員長と呼ばれる彼女だけだと思っていたから、驚きも一押しだった。
「心配してくれるのかい?」
「あ? まあ。俺の目の前で目が潰れてたとかいやだろ」
「そっか、うん、ありがとう大丈夫だよ」
「おー」
初めて片瀬以外に心配というものをされた。
若干どきどきと不整脈を起こす心臓はきっと驚いていたのだろう。だって片瀬が言っていた。『相手のことを思いやれたら友達だ』って。まるで、彼がぼくのことを思いやってくれているようで・・・そう、まるで友達みたいじゃないか。
彼は立ち止まってしまったぼくを胡乱気に振りかえると、首を傾げながらも階段に近づいて行ってしまっていて。ぼくはあわてて、その真っ白い礼拝堂の中をかけて、彼に追いついた。
「遅ぇよ」
「いや、ちょっと、驚いてしまって。うん」
「は? 何か驚くようなもんあったか?
「ぼくにとっては。ぼくと君がまるで・・・」
「まるで?」
「友達みたい、だと。後見人が言ってたんだ。『互いを思いやれたら友達だって』」
促され浮かれてはなってしまった言葉に後悔が一瞬にして募る。それで嫌そうな顔をされたら落ち込むこと確定じゃないか。ちらりと彼の方を見ると、意味の分からないものをみる目でこちらを見ていた。死にたい。なんて思っているのをおくびにも出さずに、土でところどころかすかに汚れてもなお純銀たる輝きを放つ階段に足をかける。
し、んと静まり返った礼拝堂にはこつんこつんと革靴が2つ、階段を昇る音しかしない。天井よりも上、ロフトとも呼ぶべきだろうか、そこに着いたとき、最後の一足を乗っける前に、彼は口を開いた。
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