第10話
「その通り、おかしいんだよ。でも大丈夫。きみの言うふわふわしているのだって2.3日だけだし、彼らの中ではぼくは『テスト週間の直前に転校してきて、骨折してしまったためにテストが受けられなかった可哀想なクラスメイト』だからさ」
「なにが大丈夫なんだよ。笑わせんな、あんたが来たのは一昨日だろ。期末が終わったのは1週間前だぜ」
散々暖を取られてぬるくなってしまったであろう「ほっとオレンジ」は、飲み物たる自分の役目を果たそうと彼の喉を潤している。
キャップを開けるときにするぱきぱきというような独特な音が聞こえた。静まり返った食堂に響く。胡乱な目で見てくる彼に返答する。
「勝手に笑っていればいいさ。実際彼らはそう思っているんだからね」
「入学ん時の履歴とか、あんだろ」
「全てがパソコンで処理されるこの時代に、そんなものはいくらだって後から改竄できるし、君は重要な書類を用もないのに毎日毎日みるのかい?」
改竄とか、言っちゃうのかよ。
彼のため息まじりな疲れた声が聞こえた。失敬な。ため息をつきたいのはぼくのほうだというのに。
初めての『高校生』と言う立場の仕事だ。色々不安もあったけれど、片瀬が教えてくれたおかげで何とかこなせそうだと思った矢先に、この眼球がきかない相手に会うなんて。
「嘘だと言ってよ、バーニィ」
「うさ耳好きかよ。ちなみに俺は巨乳派」
格好にはこだわんねぇな
それこそ特に聞いていない。むしろ聞きたくもないことだ。君の性癖なんて。
だったら別にうさ耳つけた露出過多な女の子でもいいじゃないか。胸が大きければ。そもそもバニーじゃないけど。
「片瀬に、このネタは標準装備だって聞いたんだけどな」
「騙されたんじゃねぇの?どこの標準だよ。少なくとも俺は知らない」
片瀬って誰?
ぼくの後見人。
「ってか、んなことはどうでもいいし、あんたの仕事もどうでもいい。
俺が聞きたいのは、その目だ」
「こっちだって心底どうでもいいよ。なんだい?企業秘密って言ったはずだけど」
一瞬息をのんでから、どこかためらったように変なこと聞くけどと小声で呟いた。おそるおそるあげた顔どこか焦って見えた。
「なんつーか、それって不思議なものか?幽霊とか、呪いとか、なんでもいいんだ。その目玉は、そういう超自然的なもんと関わりがある代物か?」
ぼくの言葉を無視して彼がぐいっと身を乗り出す。大きな音を立てて椅子が倒れたけれど、気づいていない様子だった。ガァンと重い反響の中で、雲に遮られたのか電灯のついていない食堂が迫るように暗くなる。
切羽詰った声だった。切望して失望して、諦めかけたときにようやく出された手に縋るような。揺れながらもこちらを見据える瞳は、ままならない期待を僕に見ているようだった。
必死すぎて、さし出されたその手すら巻き込んでしまいそうな。そんな雰囲気すらただよわせて。抑えられた表情には、激情といわれるものが秘められていた。
「いや、どっちかというと真逆なものだよ。科学的なものだ。脳波に異常をきたして、記憶を混乱させるものだからね」
頭の上にあるスピーカーから鳴った、授業の終わりを告げるチャイムをどこか遠くに聞きながら。
なぜだかひどく絶望した彼の顔を、ぼくは一生忘れはしないだろうと思った。
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