第9話
「と、思ったんだけどな」
「あ?」
ぼくは今、食堂で「ほっとオレンジ」とかいうあたたかいオレンジジュースを奢らされている。なぜだ。
木造りのテーブルを挟み、向かい合うように用意された木の椅子におとなしく座り、あたたかいペットボトルを差し出すと、さんきゅと小さく言って彼は受け取った。購入中からその間中ずっと見られていて、居心地が悪かった事だけは言っておきたい。静まり返っているから余計に。
妙に礼儀正しい彼はキャップを開けるでもなく手をあたためるように両手で握りながら、下げていた目線を上げて口を開いた。
「で?さっきのあんたの目、なんなんだよ。赤かったんだけど。」
「ノーコメント、というか企業秘密」
「企業?仕事でもしてるつもりか」
「つもりじゃない。しているんだよ」
今、ここにいることがさ。これ見よがしに肩をすくめて見せると、嫌そうな顔をされた。
まったくをもって理不尽としか言いようのない仕打ちだと思う。あぁ、まったく。
彼が弄んでいたオレンジジュースを乱暴に置くと、ごとんと重い音を反響させて誰もいない食堂に響いた。彼は行儀悪くもテーブルに肘をつき、手の上にあごを乗せる。斜めになった目を細めて、ため息をつかれた。
「んな目ぇ使うなんて、どんな仕事してんだよ」
「ゴーストメイト、って言えばわかるかな」
「ふざけてんのか。それ、都市伝説だろ」
「誰が都市伝説だなんて決めたんだ。少なくとも、僕は僕以外のゴーストメイトを知っているし、存在もしている。そもそも、君がおかしいと言ったんだろう?」
手持ち無沙汰にペットボトルをいじっていた彼は、訥々と返される言葉にぐっと押し黙った。
(ざまぁ、なんて思ってないさ)
『ゴーストメイト』
どれだけの構成人数がいるのか、その具体的な年齢、性別すらわからない都市伝説と化している仕事の名前。
他者に成りすましたり、架空の人物を語り入り込んだりする仕事。内容としては、前者の場合はそこに存在したという証明が目的だったり、調査が目的だったりすると前後両方使って中に入り込む、なんてことが言われている。
もしかしたら母親が、父親が、友達が、兄妹がそうかもしれない。そんな恐怖がある、ゴーストライターのクラスメイトバージョン。
もちろん、ゴーストメイトという存在が都市伝説だとされるには相応の理由がある。
普通に考えてあり得ないからだ。他人に成りすますなんてそうそうにできることではない。親しい人に気づかれないはずがない。外見や声、よしんば記憶を共有しても対象と同じだけの能力を持っていることだって滅多にない。対象が無意識にしている行動なんてはかれるはずもないし、完璧な再現だって出来ない。ないないづくしもいいところだ。
だが、前提が間違っておりそちらが誇張されているのだとしたらどうだろうか。
そもそもぼくたちゴーストメイトは、他人に成りすましたことなんて一度もない。電話ならば、辛うじて出来ないこともないだろうけれど、高すぎるリスクを受けようとは思わない。
だから、調査のために架空の人物をつくり、その性格になりきることがあったとしても、他人の成りすましなんてありえない。元々存在しない人間になることならば、たいして難しいことではないから。戸籍やらの公的なものも依頼人がなんとかするか、それが無理なら多少強引な手段で持って確保できる。そういう伝手があるんだ、各々でね。
都市伝説だと、秘密結社みたいな言い方をされているけれど、実際は組織なんてなくて個々人の仕事として行っている。もちろん情報交換は必要だから、たびたび紹介制の専用チャットや会合なども開かれる。依頼なんかもそこを通されたりするけど。
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