第7話


「どこだ、ここ」


 最初に見たのは真っ白の天井と、銀色のカーテンレールから下がり、四方を塞ぐ、アイボリーのカーテン。頭もとからかすかにのぞく窓の外は完全に暗くて、カーテン越しに覗き見たぼくの顔が映ってた。昼間とは違う白い明るさに、カーテンの向こうに蛍光灯があることがわかる。

 身じろぎしてみるに、白い枕カバー、シーツ、掛布団。何よりつんと鼻を抜ける消毒液の匂いが心を落ち着ける。


 右ひじを置き、そこに重心をかけることで上半身を持ち上げようと試みるが、半分ほどまで持ち上げたところでくらりとめまいがした。それと同時に力が抜け、枕に逆戻りとなった。

ぎしとベッドが鳴いたが、その衝撃にも左側の顔が痛む。


 左腕を目の上にかぶせ、ため息をつく。気配もしないし音もしない。逆にこちらが音も立てても反応がないということは、この場にはぼく以外誰もいないと言うことだと思って間違いない。もう1つため息が漏れる。ああ、幸せが逃げていく。


 というか、なんでこんなことになったんだ・・・。ずきずきと痛む顔の半分と、ぐるぐる回る思考に、顔を手で押さえる。触るとそこは熱を持って、晴れているのが分かる。明日までに何とかなればいいと思いつつ、原因を察するに間違いなくあれだろう。

 

あの豪速球ともいうべきボールが当たったのだろう。


 だからドッジボールなんてしたくはなかった。この左目はどうしてもこうしても死角で。なのにあんな恐ろしいものが飛んでくるような競技に参加したくはなかった。


 苛立ちと嫌悪感からずるずると引き出されるように恨み言が出てくる。まだ心は止まらないけれど、とりあえず現状把握に努めなければと頭は痛みを押しのけて動き出した。


 たぶんここは保健室なんだろう。今まで一度たりとも入ったことのないぼくにはよくわからないが、そうでなければ消毒液やベッドがあるところなんて限られているし、思い当たりもない。


 部屋の中は無人と仮定するとして、窓の外は完璧に暗くて人の声ひとつしないことから下校時間が過ぎてしまったのだろう。時計を見ないと何とも言えないため、周囲を見るがこのベッドから見える範囲には置いていなかった。


(初日からこの失態だ。片瀬になんて言おう・・・)


 きっと怒らない同居人、仕事よりも自分の心配をしろと言ってくるであろうゴーストメイトとしての先輩に、涙がでそうになる。

 

 しばらく安静を保ち、顔の痛みが若干軽くなったかと思えるころ、右肘を使ってもう一度試みる。先ほどとは違い、ひょいと軽く起きられて、自分でもびっくりした。めまいがないかをもう一度確認して、端座位となりベッドの横に置かれていた上履きを履く。手を膝に置き、力を入れることで立ち上がる。

 

 立ち上がったことで血流が良くなったのか、左半分の痛みはまた強くなってきた。左手で押さえながら、しゃっとアイボリーのカーテンを開ける。

 

 日付の書かれた緑色の黒板、そこにはられた年間予定表、縁に置かれたチョークとオレンジ色の黒板消し、入り口近くには救急箱と思わし気箱がのったカートに小さな洗面台。入り口の反対側には窓があり、そこにはデスクが置いてあって、その後ろには保健に関する本が入った大きな本棚。その横には簡易キッチンと冷蔵庫。


 何より、黒板の上には探していた時計がかかっていた。時刻は19時20分。間違いなく下校時間は過ぎている。顔を押さえながらうなだれた先、部屋の中心に配置された長テーブルを2つつなげたもの。それの上にあったものを見て、愕然とした。


『すみませんが、用事があって帰ります。入り口の鍵を閉めて、職員室に返しに来てください。よろしくお願いします。         保健室の先生』

「大丈夫か、この学校」


 その紙を握りながら、思わず本音が漏れた。


(あぁ、学校案内してもらえなくなっちゃったなぁ)


 次の日ぼくは学校を休んだ。あえて言うなら腫れが引かなかったために、片瀬から強制欠席を食らわせられた。



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