第4話

 そうして、待ちにも待っていない6時間目。

 山の中に建てられたこの高校は広大な土地を有していて、校舎も広けりゃ校庭も広い。それこそ東京ドームに例えられる広さのそこを全校、教師をそろえても200人弱という少なさで使用できるなんて贅沢だと思う。 

 

 雑草の緑が目立ち始めた校庭、ぼくたち以外は校庭にいるクラスはいない。

 遠慮したのか隅の方にひかれた長方形を2つに割った歪んだ正方形を白線で区切って作られた中に、ぼくは立っていた。いや、遠慮したと言っても、記念だからと校庭のど真ん中にコートを作られるのも嫌だが。


 ほのほのと微かな春風が雑草や小花、それに近づいた蜂の体を揺らしていて。上の方はもっと風が強いのか、新緑に萌える木々がざわざわと大きく揺れていた。太陽はかなり傾いているものの、まだ赤みを帯びてはおらず、柔らかみを残した日差しを注いでいる。

 

 いい天気だった。穏やかで朗らかで、長閑。春にふさわしい光景だった。

 そう、この白線で区切られた長方形の周囲、そこから上がる声さえ聴かなければ。


「いい気になってんじゃないわよブス!」

「純情ぶりやがって!」


 口汚い怒声と、鋭く投げられるボール。はて、ドッジボールとはこんな競技だったのか。

 学校というものに縁がないぼくにはよくわからないが、少なくともこの罵声は何か違うんじゃないかと首を傾げざるおえない。

 びゅんと白線を飛び越え、残像すら残さないボールはそんなぼくの横の隣を通り、ぼくの斜め後ろにいた巻き髪の女子に向かっていく。

 当たったら間違いなく青あざになるだろう間違いなしのそれを、巻き髪の女子は避けるでもなく、すくい上げる様に片手で取って見せた。まじかよ。


「あたしがブスならあんたは超ド級のブスだから! マジ雑草以下!」


 さらなる罵声とともにプロの野球選手も真っ青なフォームで相手側へと、投げてきた黒縁メガネの女の子へとボールを投げ返す。

 こちらは、びゅんどころかぎゅんって聞こえたんだけど、ぼくたちが今使っているのは柔らかいゴムボールだったはずなんだけど、あれは本当にそれだったのだろうか。不思議でたまらない。


 ていうか雑草を馬鹿にするのはやめていただきたい。たんぽぽだって雑草と言われるが、あんなに明るい花を咲かせるんだぞ。現実逃避による思考逃避が止まらない。


 そもそも言い合っている子たちは2人ともトントンな容姿だと思うんだけど。どんぐりの背比べっていうか。そんなに変わらないと思う。

 そんなことを思っていると、コートの端で突っ立っているぼくにぼんやりとしているように見えたのだろう。投げ合っていた相手チームの女の子から声がかかる。


「広瀬君、危ないから外に出てた方がいいよ。投げるねー」

「あ、うん。ありがとう」


 やばい、思考を読まれたのかと思った。にこやかに黒縁メガネの女子生徒はたいして力が入っていないボールを投げる。ぽすっと軽い音を立てたのを審判役の子が見て、外野行きを通告された。戦場(コート)から出してくれた女子に頭を下げると、にこにこと手を振られる。

 

 せっかくだからボールを返そうと思いかがんで、ぼくが拾うよりも早く、あの巻き髪の女子がかすめ取っていった。

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