第3話
「初めまして、広瀬君。あたし
「あ、うん。ありがとう。これからよろしくね」
それはつまり困ったことがなければ話しかけるなということなのだろうか。見るからに善意として言われている言葉の裏を読もうとしてやめておく。面倒くさいことになりそうだからだ。
委員長はぼくの斜め前の席、突っ伏してた男子生徒の肩を軽くたたく。とんとんと軽い音をさせて起こされたらしい彼は、数度身じろぎするともぞもぞと動いて、一瞬動きを止めるとゆっくり体を起こした。
それなりに端整な顔が不機嫌そうに少女を一瞥する。黒くところどころはねた長めの髪に、サイドを幼い少女が好みそうな赤い玉が2つついたゴムで止めている。学生服の下に着た白いパーカーのひもが揺れる。くあーと眠そうに大きなあくびをして委員長のほうに首を回すと、彼は緩慢に口を開いた。
「なんだよ」
「転校生の広瀬君だよ。トモの斜め後ろの席なんだって」
「広瀬です、よろしくね」
「・・・ああ」
「あ、もう! トモだめだよ。これから授業なんだから! ・・・ごめんね広瀬君、愛想ないけどいい子だから」
「いや、こっちこそごめんね。挨拶できてよかったよ」
ぼくの言葉にほっと息を緩めた少女に対して、はりつけた笑顔で接しながら、ぜひ言いたかった。
なんで君が謝るんだ。
もしやこれが俗にいうカレカノというやつなんだろうか?恋人関係からくる相手への責任感というやつなのか?意味が分からない。
だがしかし、違和感のある雰囲気だった。
ぼくには到底理解できない感情のことをぐるぐる考えていると、担当教諭が緑色の黒板を背景にとんでもないことを言い出した。
「それでなんだが、今日の6時間目にある学級活動は広瀬の転校を記念して、ドッジボール大会なんてどうかと思ってるんだが」
やめてくれ。
口角をあげ笑顔をつくりながら、ぼくは内心凍り付いた。幼い子ども、小学生ではあるまいし、記念なんていらないだろう。本当にやめてくれ。
まあ、高校生になってまでドッジボールをやりたいなんて奇特な人はこのクラスにはいないだろう、いないでくれ。ざわざわとざわめき、時々悲鳴じみた声を出す子もいる中、そう願いつつあたりを見まわす。
みんながぼくの方を振り返っていて、妙にきらきらした瞳たち、ほぼクラス全員の瞳と出会う。
見えないのはうつむいているぼくの前の席に座る委員長と、どうでもよさそうに窓の外を眺めるぼくの斜め前に座っている男子だけ。
こうなったら彼らにかけるしかない。幼稚なことはしたくないと、あの理知的な目をした彼女は言ってくれるだろう。クラスの雑用係と言ってもいいらしい委員長には、何かしらの権利があるはずだ。
期待を込めて彼女を見ていると、がたんと音を立て椅子を引き立ち上がり、彼女は勢いよく顔をあげた。後ろから見えるその横顔は他の18人同様に、きらきらと輝いていた。
あ、終わった。
「いいですね! ドッジボール、この間の決着もついてませんでしたし、やりたいです」
「おい、今回は広瀬記念だぞ」
「競馬みたいに言わないでください。わかってますよ!」
ね、みんな! 周囲を見渡しながら確認をとる委員長に、それぞれ頷いたり、そうだそうだと野次を飛ばしたりして同意を示した。やめてくれ。
「じゃ、今日の6時間目はドッジな」
「広瀬君、ドッジボール頑張ろうね!」
「あ、うん。よろしくね」
笑いかけてくる少女に、笑顔で応じるわが身が憎い。今はできるだけ印象を濃くしたくないから、たいして反論なんかもできやしない。
教室が歓声にざわめくなかをそのままに、ぼくは片手で目を覆ってばれないように小さくため息をついた。どうしてこうなったのか。
目を覆った指の隙間から見えるぼくの斜め前の席に座る男子生徒が振り返り、哀れんだ目でぼくを見て、何事かを呟いた。
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