4/8=1/2 蝶、囚人服の男
囚人服を着た男は円柱状のモニタ一杯に映し出されていた。映像である彼が水槽に閉じ込められた巨大生物であるかのように存在感をみせ、それからグルリと眺め渡していた。
「ほほう……」
彼はモニタ内にて新たな生命力と住処を手に入れた、というわけである。
「ほう、お前が進行役らしいな。しかし奇妙な色だぜ」
彼は本当に見えているらしかった、モニタとなっている透明な円柱の内部には無数の透明な球体がギュウギュウ詰めになっていた、それらの一つひとつが発光することで映像という実体を生み出していた……奇妙極まりないこととして、それは内部に閉じ込められた者の意識さえ投影してしまっていることだろう。内部には、新しい生命の存在形式が秩序立っている、と言わざるを得なかった。
「説明の途中でしたがいきなりとんでもない飛躍をやってのけたものです……ええ……しかしそれでこそ良いのです……このあなた方にとって新たなステージとなる世界の秩序とは、言うまでもなくサバイバルなのですから……」
実体とモニタ、生命形式を違えた二つの生命体が向き合っていた、互いに引けを取らぬ気配を漲らせて。
「ここに集められた理由なんて知る由もないが、しかしアンタがさっき言っていたようにここに集まった者達は選ばれたにんげん、だそうだな。そう考えると何かしらの特殊な能力を秘めているらしいじゃないか……まあ、俺がどうして選ばれたのかはもう自分でも解かりきってはいるがね……この程度の牢獄なんてあっさりと脱出してしまうぜ」
彼にとってはいかなる建造物も自らの脱出願望の軟弱な砦に過ぎず、それらは宣言通り脱出してしかるべきものだった。なぜなら彼は数々の砦を掻い潜り続けた蝶であったから……
「第一人者があなたでラッキーでしたよ、これからミッションが始まっていきますが、もう先を越して始まってしまったくらいですよ、これからはあなたの潜入した装置の内部の声に従ってください。私は単に見せていただくことにしましょう」
『侵入者に告ぐ、ミッション、ミッション、これからは質疑応答に従事していただく』
「何だ……?」
囚人服の男は谷底に落ち込んだように等身大に戻っていた、即ち、ズームは更に引きの絵へと戻されて、彼はモニタの底の方で佇んでいた。薄闇のような背景と気配が彼の周囲に漂い始めていた、彼は彼の頭上から降り注いでくる声の主を探し出そうとキョロキョロと忙しなく眺めまわしていた。
『この質疑応答と侵入者の持ち込んだ生存確率1/2を使って、侵入者の身体能力、特技を充分に駆使した上で脱出を試みなさい、この世界から脱出出来なければ、即ち死が訪れます……では始めます。』
容赦ない鉄槌、しかし彼は有頂天とすら言える自信を漲らせて降りかかる障害物を待ち望んでいた。
『名前を答えなさい』
「けっ、いつの名前を答えればいいんだ? あいにく俺は数えきれないくらいの偽名を使い続けていてね」
その瞬間彼の右肩から胸のあたりにかけて大きな裂け目が生まれた、不快な音響、肉体からは飛沫や鮮血が噴出していた。
「うがががが……」
片足をついて蹲る、大きな傷をかばうように手をかけて、痛みと恐慌にこらえようとしているが、冷や汗は滝のようだ。
『自分の胸に手を当て自らの本当だと思う答えをただ述べよ』
「ううううう……」
傷を手で押さえても出血は止めどなかった、彼への攻撃力を目の当たりにしている限り、この装置の侵入者への支配力は並みならないことを一瞬で認識させるに事欠かなかった。彼はもう、素直に従っているしかなかった。
「蝶……」
彼が答えを震える声に乗せた瞬間に、彼を包む世界にはかまいたちのような鋭い風が幾筋も吹きすさび生まれていた。
「待て……ちゃんと答えているじゃないか……俺は確かに蝶と呼ばれ続けた……俺の名を聞けば恐れを抱く数々の敵や同朋に溢れているくらいさ。そう、ナムーの蝶……」
『いいでしょう』
出会い頭の試練はくぐり抜けていた、ナムーの蝶とはいかなる人物であろうか、しかし、次なる試練を矢継ぎ早に放つのである。
『では、ナムーの蝶、最大の特殊能力を述べなさい』
一瞬沈黙があった、一瞬の出遅れにより致命傷を齎す殺戮への嵐が生じるような殺気が漲っていた、しかし……
「逃げ足。世界中の、名だたる刑務所を隈なく脱獄した。鱗粉のように幻覚を振りまいてね……そしてまるで蝶のようにいかなる牢獄をもくぐり抜けてしまったよ……」
語り終えるを待たずして彼はあり得ない位の跳躍をみせた、そして円柱の内部から左右の内壁を何度も蹴り上げて少しずつ上昇していった。彼は一瞬勝ち誇ったような笑みを漏らしていた、次の瞬間に映像はグングンとズームしていった、彼が映像を操作している……彼は巨大化し、巨大な足で内壁を思いっきり蹴り上げる、円柱は凄まじい衝撃をこだました、一挙に円柱の頂点にまで駆け上がった。
「俺の勝ちだ……」
ナムーの蝶……彼はこの新世界の牢獄さえ……
頂点を突き破ろうとした瞬間……彼の頭上に新たな映像が生み出されていた、巨大な純白のスカート……
「う、うががががが……」
彼は脱出からの一歩手前で巨大化した彼女の大腿部により遮られてしまった。
大量のガラスが粉砕するような衝撃音が生まれ、無残に落下した彼はモニタ内部の床に打ち付けられて粉々になってしまった……彼の肉体や服装がそのまま寸断され色や質感を留めたまま、しかしその一つひとつは無数の球体として打ち砕けてしまい、空しく地面をバウンドし続けて、やがてそれらは何事もなかったかのように収まってしまった。そして、元々の、透明な球体の群れへと戻ってしまって、円柱は透明な状態へと元通りになっていた。
「4/8、つまり1/2の確率を彼は見事に掻い潜り脱出を遂げようとしていました、さすがはナムーの蝶……しかし、結局はサブに座る彼女を押しやることは出来ずに燃え散ってしまった。ルール追加の案内をしましょう、侵入者は必ずサブへと脱出します……サブが空席でなければ……失敗に終わることでしょう」
ENTER YUMEZ(ゆめぜっと) @YUMEZ
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ENTERの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます