金髪の美女-2

「さて、あなた達は選ばれたにんげんです。そしてあなた達はこれから実験の被験者となっていただきます」


 彼女は語られる間ずっと青い肌をした彼の語りゆく姿を怪訝な顔で見つめるばかりだった。この空間に彼女以外の被害者がいたとして彼は明らかに、ミステリーの渦中に突然放り込まれてしまった彼女達をくまなく取り仕切るような口ぶりで発言を続けていた。それなのに、彼自身、同様に椅子へと縛り付けられてしまっているのはどうしてだろう……?


「皆さんの目の前には巨大な装置があることでしょう。そして皆さんはそれぞれ等間隔でこの円柱状の装置の前に取り囲むようにして縛り付けられているのです。ここに集められたのは7名の男女です……」


 そう語っている彼の眼を彼女は見つめていた……


「私自身を含めて、全員で7名……」


 一瞬だけ……そう語った瞬間に彼は、彼女へと目線を送ったように感じられていた。しかし、すぐに正面へと視線を戻しているのだった。


「ええ。こう語る私自身もあなた方と同様にこの実験の対象でしかありません……私は単にこのイベントの進行を掴まされたに過ぎません。私が死んでしまえば一体誰が進行を担っていくというのでしょうか? ええ、私が死んでしまう前にルール説明を終わらせてしまわなくてはいけないようですね」


 死……。実験は生命にすら関わる危険なものであるというのか? 彼女は驚きを隠せないでいる。


「これから始まる実験はある種のデスゲームなのです、この巨大な円柱状の装置に並んでいる皆さんは、ちょうど魔法円の配置をとっています。つまり、等間隔に8分割されている、ということ。そして、皆さんにはある特殊なロシアンルーレットに興じていただこう、というのがこの実験の意図するところですね……」


 今一度、彼が横目で彼女を見ているのだった、彼女は蒼白となって脅えていた、そして……


「……ええ……何故やらなければならないのか……自分には関係ないじゃないか……死にたくない……もちろん、それは私も同じ気持ちですよ、しかし、私を含めてあなた達は選ばれたにんげんです、選ばれてある以上、従って貰わなければならない段取りもいくつかあるのです」


 選ばれたにんげん……


「それに……うまく切り抜ければ死なずに済みます、それだけに注意を払って集中するしかないでしょう」


 うまく切り抜ければ……


「先ほど魔法円と説明しましたが、ここに集められた7名、数が揃っていません、何故なら魔法円の配置とは全部で8箇所の配置であるからです」


 彼女は注意深く説明に耳を向けていた、聞き逃してしまったら致命傷ともなりかねない。


「つまり、この装置を取り囲む8つの席には、ひとつだけ空席がある、ということ……」


 彼女はとっさに逆向きの空席へと視線を移した。


「そして、それがどこにあるのかは明言出来ませんが、その空席はこれからのミッションにとても重要な架け橋となっていくのです」


 彼女は突然強烈な違和感を覚えた、自らの肉体の内部にそわそわとしたまるで虫の大群の蠢きのような不快でせわしない感覚が生まれ、止めどなく弾けていくばかりだった。それはすかさず意識までをも浸食してしまった、暴力的な恐慌……彼女は遠のく自意識をそのままに、ただ必死に漏れ出してしまいそうな魂を留めることだけを繋いでいた。乖離かいり、ノイズ、眩暈めまい、前後不覚…………


 不意に世界へと立ち戻った、ひきつけを起こしたような暴力的な動力で、彼女の首がガクガクと何往復も上下に振られ続けて、いきなりピタリと止んでしまった。目を丸くして彼女は正面を見据えてしまった。


「おっと……どうやら既に始まってしまったようです、説明の途中でしたがひとつだけ備えられてあるその空席を占領した人がこの先、この実験……つまりこの言わばデスゲームを有利に進めていくことが出来る、と言えるでしょう」


 何が起こったのか。凄まじい情報の渦に翻弄されるばかりだった。彼女は呆気にとられているばかりだった、自意識を回復してしまうまでにはもう少し時間が必要であった。


「ゲームの進行状況に応じてこの空席は基本増えていきます。空席が増える、ということはある不吉な何かを意味することでもありますが……それはさておき、しかしメインとなる審判、つまり先ほど申したロシアンルーレットのようなイベントが行われるのは、実際にはこの、正面の巨大な装置の内部です。ええ、これは皆さんの精神を取り込み実体化することの出来る巨大なモニタとなっています、そして、その内部にて皆さんの意識からイベントはなされていきます。よって空席となっているのは正面のモニタに対する控え室であり、それは仮にメインに対するサブ、とでも呼んでおきましょうか……」


 ようやく意識を取り戻した彼女、依然縛られたままだったが、しかし、彼女は始めの席を瞬時でひとつ隣に移動してしまったことを理解しているのだった。これまで経験したことのない状況や感覚にヒリヒリしていたが、しかしギリギリのところでその異常事態に理性を擦り合わせていた。肉体感覚は正常なものに還りつつあった、少しずつ呼吸を整えながら、ここは単なる世界ではない……正常な世界ではない……と自分自身に言い聞かせているのだった。

 すると、空席になってしまった右側の席から、首を逆側に振ってみた。ニヤリ……と笑った不気味な表情が彼女の自意識に張り付いてしまった、彼女は凍り付いてしまった。

 男が座っていた、当然のように椅子に縛り付けられて。明らかに囚人服を着ているのだった。訳も分からず惹きつけられてしまった、彼女は何故かしら彼をしばらく眺め続けていた、そして、ずっと彼は彼女の動向を観察していたに違いない、ということを本能により悟ってしまった。彼女のテリトリーが警笛を鳴らしたからであり、それは超越的な能力だといえた。


「ゲームは4/8つまり、1/2の確率から始まっていきます。これが高い確率であるか低い確率であるかは、皆さんの判断にお任せしましょう。ゲームへの参加は絶対であり、それは基本立候補により決定します。さて、説明の途中であったサブ、今一名が入っているその席の意味……それは、次なる参加者としての、最有力候補、を意味します。サブにあるにんげんは即ちメイン、つまりゲームへといつでも移行することが出来るのです」


 説明が続いている間囚人服の男は彼女の周りを巡り続けていた、それはやはり超越的な力だった。半透明な霧状になった彼は同様に半透明の椅子に縛り付けられた自分を残して、彼女や彼女の座っているサブをいちいち隈なく調べつくしているようだった……


「この特殊なロシアンルーレットは確率を変動させていきます」


 彼女は幽体となり彼女を徘徊している囚人服の男を不気味に感じていた、そして更に、不気味さは増していった。幽体は、彼女の内面にまで侵入しているような気配がヒシヒシと伝って来るのだ。


「確率は、参加者の結果に応じて、上昇したり下降したりしていきます。即ち、直前の参加者がミッションに成功すれば次なる参加者の確率は下降し、逆に、失敗すれば上昇していきます。先程の確率、4/8。参加者が成功すれば分子が減って3/8となり減少です、逆に、失敗すれば分母が減って4/7となり上昇します。参加へのタイミングは皆さん好き好きに……ただし、今ひとつ言えるのは、サブにいる一名が参加する自由を最も与えられた一名である、ということでしょう」


 男の説明が立て続けになっている、しかし、彼女は囚人服の幽体に意識をとられてそれどころではなくなってしまっていた……そして。

 囚人服男の、半透明の二つの体躯が同時に消え去ってしまった、そして、巨大な透明な円柱、つまり、精神を取り込み映し出される巨大なモニタ装置が……

 

 カチャカチャと音を立てながらモニタの内部が蠢いていた。彼女はようやく理解し始めているのだった。透明な内部には、ぎっしりと透明な球体が無数に詰まっていた、それがカチャカチャと忙しなく移動しているのだということを。そして突然……


 モニタの内部から発光が始まった、透明だったはずのモニタにはぎっしりと実体、と呼ぶべき何物かが詰まっているのが実感されてならなかった。最大ズームだった。まるで顕微鏡のような。それが段々と引きの絵になっていき、彼は現れていた。

 突然消えてしまった、囚人服の男は、しっかりとモニタの内部に息づいてしまっているのだった。 

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