[Ⅲ] もう一つの景色
【an established practice】
「で……昨日も特に異常な変動は報告されていないんだね?
「はあ……」
部長…いや、
「……何か、云ったかね?」
「いえ……」
あたしは不幸だ。そりゃもう心の底から云い切って良いと思う。特にこの任務に就いてからのあたしと来たら、サバイバルキットもなしに泥水の中を這い回っているようなものなのだ。
「とりあえず、いつもの様に観測機器からの情報収集と通常警戒に当たってくれ」
「わかりました……脊戸垣内審議官。
「ああ、頼む。」
-*-
「はぁぁぁ………」
通常警戒って……学校の中をぶらついてろ、とでも云うのかしら……。
タフを自称するあたしも、平々凡々でなにも起こらない毎日、と云う物には弱い。退屈きわまる。
しかも問題なのはそれだけではない。トラブルが起こってもあたしには解決のしようがない、というとてつもない大きな壁があるのだ。
「……あ」
廊下の反対側から歩いてくるのは、『観察対象』として指定されている少年、
「りょ……」
声を掛けようとした時、その異変は起こった。
「おっはよ~! リョーちん~~ちゅっ☆」
亮太の背後から
「うわっ!どっから出てきたっ?!」
「職員用女子トイレ!」
「アホーッ!」
彼女がドアを閉じると、ドアは消えてしまい、跡形も残らなかった。
あたしは溜め息を
「だから公衆の面前でそういう力を使うなって云ってるだろ!」
「きゃんっ?!」
「普通の人間は、なにもないところから急に人が出てくると驚くモンなんだよっ!」
「リョーちんあたしのこと心配してくれるんだぁ~えへへっ!」
「えへへじゃねぇ! 俺はっ、俺が普通の人間生活を送りたいだけなんだっ!」
亮太と一緒にいる彼女は通称『
一見すると、ファッションモデルのように
「まあ、ファッションだけなら……ね……」
だが実際には、彼女の本当にすごいところはそこではない。それはまるで王族的とも云える『非常識』と異常な『行動力』に支えられている。今見たように、彼女はどこでも構わず空間転移能力を使うし、誰に見られても気にしない。というか、彼女の場合はそれが『先天的な』能力であって、意図的に使う気がなくてもそうなるのである。全くもってはた迷惑としか云いようがない。彼女が気まぐれでこの学校の教師になどならなければ、あたしはこんな制服を着て今更学校なんかに通う必要はなかったのだから……。
「まったく……なに考えてるんだ」
雁屋月子がようやく居なくなって、亮太はため息とともに、私が心中で吐いたのとそっくり同じセリフをつぶやいた。彼もご苦労なことだ、と思う。
彼女が何故亮太に興味を持つのかはわからない。まあ多分、王族の気まぐれみたいなものなのだろう。
「あんだけ色々起こってるのに、なんでニュースにならねーんだ……」
ぶつぶつ云いながら近くまで歩いてきたので、あたしは亮太に声を掛けた。
「……一応、報道管制が敷かれてるのよ」
亮太はあたしをみると、ちょっと胡散臭そうな顔をする。まあ、気分はわからないでもない。で、次の一声。
「あれ、香澄ちゃん」
「だから、ちゃんっていうなー!」
あたしは無条件に反応してしまう。キミは知らないだろうが……ちんくしゃだろーが何だろーがあたしはキミよりも年上なんだから……これでも。
「報道管制ぃ?」
亮太が胡散臭い、という感じを隠さずに聞き返す。キミが信じようと信じまいと、毎日たくさんの工作員が証拠隠蔽のために走り回っているのだ……まあ、無駄って云えば無駄なんだけど。
「亮太、あんたも状況がおかしいのわかってんでしょ……」
いつまでも現実逃避せずに、ちょっとはあたし達にも協力して欲しいものなんだけれど。
「月子さんにしても、香澄ちゃんにしてもさ…なんつーか、非日常の緊迫感に欠けるよな」
「……だから、ちゃんって云うな」
つい云い返してから、緊張感に欠けるのはキミも一緒だよ……と、あたしは云いたくなった。
【case: an encounter】
四限の授業をサボって校舎を歩き回り、観測機器のチェックをしていると、スキャナーが異常を検知した。あたしは部長に
「だからここは人間界なんだって、何度云ったらわかるんだよッ……!」
そんな雁屋月子の叫び声が聞こえる。だがそこはすでに人間の近寄れる状態ではなかった。人間界の物理法則は通用せず、個体が液体の様に振る舞い、コンクリートや土塊があたかもブラウン運動の如くぬらぬらと流動している。
「くっ……」
ドパーン!
領域内になにか巨大な質量体が出現する……あれは見た記憶がある。『トーヴ』とかいう向こうの世界の亜生命体の一種だ。あたしには生きた巨大なコルク抜きのように見える。
次の瞬間、何かがトーヴに降り注ぎ、空間異常は急速に収束し、通常空間に復帰し始めた。恐らく月子の能力による物だろう。
「また……何も出来なかった」
あたしはわめいてみるが仕方がない、出来ないのがこの任務なのだ……さっきまで水みたいにドロドロだった芝生に手を触れてみる。それはもはや唯の芝生で、水のようでも、ゼリーのようでもなかった。
出来ないものは仕方がない……そうは思っても、あたしの無力感はぬぐい去れるものではないし、紛れもない現実なのだった……。
【in ordinary life, but I...】
あたしは昨日の戦闘結果と観測レポートをまとめて、審議官に提出すると、学校を出た。
昨日目撃した戦闘の後、近所の公園で大規模な異変が起こったとかで、そこに駆けつけた時にはすでに事態は収束しており、後にはぽっかりと大穴の空いた公園が残るばかりだった。
「あーあ……」
人間一人の機動力なんて、そもそもそれほど限界は高くない。今回の任務は本当にそれを思い知らされる事ばかりで、あたしは最近ため息ばかりを吐いているような気がしている。
「お、香澄ちゃん…どうしたんだ、ため息なんか吐いて」
あたしがが駆けつけた道の反対側から、私服姿になった亮太がやってきて、一目見るなりそう云って笑った。
「……だから、ちゃんって呼ぶなぁぁ……はぁぁ」
メゲているところに追い打ちを喰らって、ついつい眼から涙が溢れ出してしまった。あれ…あたしいつからこんなに根性無しになったんだろう……?
「な、泣くなよ……悪かった」
亮太はなにか勘違いしたようで、突然謝りだした。あたしは、ついおかしくなって笑ってしまった。そんなに深刻そうな顔をしただろうか?
「あは、あはははは……」
「なんだよ、泣いたり笑ったり……忙しいヤツだな」
「なんでもないよ……ホントに」
涙を拭いているあたしを見ながら、亮太が云った。
「なあ、飯でも喰いに行かないか?」
亮太らしい、ぶっきらぼうな優しさが、どうしてだか今のあたしにはちょっぴり嬉しかった。
-*-
「って……女誘っといてラーメン屋はないだろー……亮太ぁ」
「なに、ラーメン嫌いか?」
「いや、そりゃ、好きだけど……」
どうして付き合う気になったのか、どうして誘う気になったのか……多分二人ともよく解ってないんだと思うけど、何も云わずに二人とも店に入っていた。ひょっとしたら、この制服のせいかもしれない。
この任務に就くまで、あたしは学生服なんて着たことがなかった。軍や機関の制服ならいくらでも着たことがあったけれど、学生の制服にはそれとは違う不思議な何かがある様な気がする。
「なに喰う?」
亮太がメニューを開く。
「なにって……キミがメニュー見てたら決められないじゃないの」
「ああ、そうか……ほれ」
そう云ってあたしにメニューを寄越す。
「亮太が決められないんじゃないの?」
「いいんだ、俺は頭の中に入ってるから」
「……そんなに良く来てるの?」
「男の一人暮らしなんだぜ……そんなもんだろ」
「……そうなの」
そうかも知れない。あたしも自分で料理なんかしないんだから、きっと同じところに住み続ければ、確かにそういう馴染みの店も出来るだろう。まあ、あたしはひとつの場所に長く居たことがないから、その気分は解らないけれど。
「……あれ?」
普段思いつきで適当に決めているのに、どうしてなのか、今に限ってあたしには決められなかった。ふと『迷う』という精神的な余裕が自分にもあるのか、と云うことに、遅まきながら気が付いた。
「どうした?」
「いや……なに食べようかなって」
「ネギみそキムチラーメンとかどうだ?」
「な、なんでそんなスタミナ系のメニューに走るのよ?!」
しかも即答だし。
「なんとなく……そう云うのが好きそうに見えたから」
だからって、少なくとも女の子にふっかけて良い内容ではない気がする。
「亮太って……多少なりと、女の子を前にデリカシーとかはないの?」
「……なんだそりゃ」
「あ、そぉ………聞いたあたしがバカだったわ……」
云い合いするのもいい加減疲れたので、あたしはタンメン、亮太はチャーシュー麺を頼んだ。
ふと、我に返ると、あたしが自分を『女の子』扱いしていることに気づいて、思わず苦笑いする。
「しかし……」
「……なによ」
亮太はあたしの顔を見ると、しげしげと…なんというか、つまらなそうな顔をする。
「俺も人のこといえねーけどさ……香澄ちゃんもいっつもつまんなそーな顔してるよな」
「え、そ、そうかな……?」
「そういう風に見える。仕事なんだって云ってたっけ? …いやいややってんの?」
そう云われて返事に困った。仕事というのは『やらなければいけない』ものだと、ずっと思っていたからだ。
「うーん、考えたことないわね……」
「……そういうもんなのか?」
「うん、そーいうもん」
今のあたしにはそうとしか考えられないので、素直にそう答えておく。
「ふぅん……大物だな、香澄ちゃん」
「だから、ちゃんって云うな」
「……………」
「……………」
「はい、おまちどおさま~~」
「……………」
「……………」
ずるずるずるずる……。
この微妙な『間』は何だろう……なし崩しにラーメンを食べ始めてしまったけれど。
でもまあ、ラーメンを食べてるところを見られても気にならない関係、っていうのは、
割と、いいかもしれないわね……。
-*-
ラーメン屋から出て、どういうわけか、その場で別れるわけでもなく。
つい日が暮れるまで二人で街の中をぶらぶらしてしまった。まあ確かに、観察任務になると云えばなるのだけれど。
「ねえ、亮太」
「……なに」
「そういえば、なんでキミ、あたしに優しくするの?」
「優しくねぇ……してるか? 俺が?」
「うん。だって、月子さんとかと扱いが違うじゃない?」
亮太と月子さん、二人の云い合いはいつ見てもなかなか壮絶な物がある。
「さあ……なんでかな」
「自分でわかんないの?」
「ん~、多分、ガキなんだろ……」
ガキ、ねえ……?
「月子さんって、姿が大人だろ? だからついつい反抗的になっちまうんだけど……良く考えてみると、月子さんも頭ン中、どー考えてもガキなんだよなぁ……」
「じゃなに、ガキ同士のいがみ合いと同じってことぉ……?」
「あ~~……そーかもな……」
そう本人に云われてみると、いままで散々見てきたものすごい言葉の応酬も、なるほどそんな風に見えてくるから不思議だ。
「なんか、そういうのもいいかもね……」
ちょっと、羨ましい気分だな……なんとなく、だけど。
「あっ、論点ずれたっ…だから、なんであたしに優しくするの?」
「あぁ? してねえと思うんだけど……まあ、もしそうだとするんなら、多分……」
「……多分?」
「自分に似てるような気がするんじゃねーのかな……」
「……そうかな?」
「わっかんねーけどな……」
そうか……でも、あたしもわかんないや。けど、なんか愉快な気分になってきた。なんでかな?
「あれ……?」
いままで横を歩いていた亮太が足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、向かいの通りに理名がいたんだけど……なんか、今すげー顔で睨まれたような……?」
「えっ……」
リナ――と云えば、クラスメートの女の子、利浪理名のことだ。あたしがそっちに眼を向けると、そこにはもう利浪さんの姿はなかった。だが、その代わりに別の女の子が視界に飛び込んできた。
「っていうか、あそこでチンピラに絡まれてるのって……有川さんじゃない?」
有川真璃子──彼女も観察対象の一人として当局にマークされている。雁屋月子によって『異世界エージェント』として幻想界の能力を引き出す力を与えられた女の子だ。
「え、嘘……あ、ホントだ……やっべえな……」
あたしもそう思って、掛けだそうとしたところで亮太が止めた。
「なによ?! 助けないと……!」
「ちょっと待て…様子がおかしい。アイツは……」
「えっ……」
亮太の視線の先にはブルネットの外人女性の姿があった。全身真っ黒、レザー姿のびっくりするような美人だ。
「……ガート……ルード」
「ガートルード……?」
亮太が愕然としているのを見てから視線を通りの向こうに戻すと、その女性はチンピラから有川さんを引きはがし、歩き始めていた。その後を追うチンピラ…その瞬間だった。
ガァン!
「ぐあはぁっ?!」
銃声、そしてチンピラの悲鳴……拳銃? だがノズルフラッシュも、弾道も見えてはいない。
ピルルルルルッ……!
その時、手元の位相スキャナーがけたたましい音を立てた。
「位相変調?! まさか…あの女も……」
「あれは、アリスの天敵……ガートルード」
「ガート、ルード……?」
けれど今、彼女は『アリス』の本体である有川さんを助けたわよ……どういうこと?
「……なんでなんだ……?」
亮太の口から漏れた言葉は、そっくりそのまま、あたしの疑問だった……。
【view from scientist】
「……成る程、実にキョーミ深いじゃあないか」
あたしの報告を流し聞きした審議官は、やっぱりいつものように眼鏡を直すとあたしに笑いかけた。
「
「フカンゼン……ですか」
有川真璃子のように、ということだろうか? 彼女も『アリス』としては能力が不完全だったはずだ。
「そうだ…陸井亮太や雁屋月子の説明に基づけば、ガートルードはアリスと同じ能力を有する、という話…しかも力は互角だと」
「ええ、そう云っていました…確かに」
さっきあの事件の後、亮太はそう云っていた。
「ならばこの世界に出現するための条件や手段も同様……と考えるのが、筋では……ないかな?」
「条件……手段……?」
審議官はいつも遠回しに喋るから、今ひとつピンと来ない。
「解らないか……なぜガートルードは人の形をしている? 過去に出現した幻想界クリーチャー達と違い、なぜ彼女だけ人型だったのだ?」
彼女だけ人型……人である必然性は……
「あっ……誰か、人間を媒介にしている……ということですか?」
「そうだ……つまりその場合、ガートルードという存在には、アリスと同等の出現上のプロセスがあり、同種のアクシデントが存在する可能性がある」
「つまり、アリス同様に不安定な存在である可能性が高い……ということですか」
「そうだ。早急に調査しろ……状況にとって不安定な要素は僅かでも少ない方が良い」
「……了解しました」
それでは、なぜ人を媒介にする必要性があるのだろう?
やっぱり、審議官の考えていることはよく解らないな、と思った。
「それでは審議官、あたしは今日はこれで……」
「お疲れさん、薬袋君……あぁ、そうそう……」
「はい?」
おもむろな口調で審議官が呼び止めるので、あたしはふりかえった。
「明日ねえ……来る途中であんまん、買ってきてくれないかな、あそれから新発売の焼きプリンまんとかいうのもネ」
「……失礼します」
……やってられるか、ばかやろー。
【into ∞ experience】
「はぁ……」
あたしはトボトボと家路を急いでいた。いや、別に急いでなかった。だいたい、急いでたらトボトボなんて云わないだろう。
脳内では
別に脊戸垣内審議官は悪い人間じゃない。仕事には真面目だし科学者としては感情の振り幅は小さい方だ。だが、仕事に対する評価が、そのまんまその人物の人となりを表すわけでもない。
「……疲れる」
あたしの感情は、そのひと言に集約されていた。なんであの人の相手はあんなに疲れるのだろう。
「配置転換要望書でも出してみようか……」
今までの人生、一度もそんなものを出そうと思った事はないのだが。
「はぁ……」
「……おっと」
ぼすっ。
「あ、しつれ……って」
「よぉ、今日は良く合うな…尾行でもしてるのか? 香澄ちゃん」
曲がり角でぶつかったのは、亮太だった。
「ちゃんって呼ぶな! ……してないよ、尾行なんて」
そもそも尾行なんかしなくても、あんたたちの監視をするために、あたしの部屋はわざわざ近くに用意されているのだ。
「ふーん……家近所? それとも仕事だからホテルにでも泊まってんのか?」
「いいわね、ホテル……豪華でよさそう。ていうか、こっちに歩いてきてるのになんでホテルだと思うのよ」
この辺は100%すっぱりきっぱり立派な住宅街だ。ホテルなんて見渡す限り見受けられない。
「そりゃそーか……え、ってことはウチの近所なのか」
「あのね……あたしは亮太たちの監視が任務なんだから、遙か彼方に住んでどうしようっていうの」
「……そういうの、開き直りって云わないか? 正々堂々と監視してるとか云うなよ」
「……今更隠してどうしようっていうのよ?」
「ああ、まあ、そりゃそーか……」
お定まりの結論まで到達したところで、二人とも笑い出す。
「しっかし…『そりゃそーか』以外に何か云うことはないの?」
「素直に感心してるんだよ。何が悪い」
「……そういうの、開き直りって云わない? ちょっとは知ったかぶりでもしてみたら?」
「……無駄な考え、休むに似たりとも云うだろう?」
「またそう云うワケのわからないことを……」
下らない。くだらなすぎて、あたしは笑いが止まらなくなる。
「やっぱり……」
「あたしたち……似たもの同士なのかも」
-*-
「じゃ、あたしはここで」
亮太のアパートの前、あたしの部屋へはまだここから少しある。
「しかし……ホントに近所なんだな」
「そんなに感心する事でもないでしょうに……」
「いやこう、なんつーか国家権力の威力に感じ入っているところだ」
「アホかキミは……だいたいあたしは国際公務員だっ!」
「おー! 国家権力の手下そのいちー!元気?」
亮太の部屋の隣りから、雁屋月子が飛び出してきた。
「うぅ……だから国際公務員ですってばぁぁ」
もう反論する気力も失せかけていた。
「そうだ! 手下も来ない?」
月子は突然そんなことを云いだした。それだけではワケがわからない。
「手下っていうのやめて下さいよ……で、来ない…っていうのは?」
「なんか、真璃子ちゃんが遊びに来ませんか? って電話くれたから」
「有川さんが……?」
「うん、なんか人数が多い方がにぎやかで楽しいとか云ってたから」
全く要領を得ないが、多分月子も今云った以上の内容は聞いていないのだろう。
「いいですけど……あたし一応、監査機関の人間ですよ? 構わないんですか?」
「いいんじゃない? 手下イイコだし」
「イイコって……」
本当に、この人は超越している。脳があたしたちとは違う構造をしている…もしかしたら、脳そのものが存在していないのかも……。
「んじゃ行こう、真璃子ちゃんたちが待ってる!」
「………たち?」
「ちょっと待て! 俺は行くともなんとも云ってねえぞ?!」
「当然リョーちんは参加決定~!」
「俺に人権はないのかよっ!」
雁屋月子はあたしと亮太の手を取ると、向かいの有川邸に連れて行った……。
-*-
「うわっ、オマエら何やって……っ?!」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーッ?!?!」
ドタン! バタン! ガッシャーン!
有川真璃子の部屋のドアを開いた途端に起こった状況を描写すると、この三行と云うことになるだろうか。今亮太は目隠しをされて、後ろ手に縛られていた。
「オマエらな……こんなことをする前にフツー俺を家から追い出そうとか考えないか?」
あたしたちが部屋の扉を開けた時、中にいたのは有川真璃子と、なぜかクラスメートの利浪理名だった。しかも二人はブラとパンティーだけの下着姿で、
「ああ、もうお嫁に行けないよ~……」
真璃子が顔を真っ赤にして胸を隠す。ピンクの可愛らしいレース模様のついた、それでもティーン向けらしくシンプルなハーフカップのブラが覗いている。ショーツとお揃いらしい。あ、結構着やせするタイプかも。胸のボリュームに意外性を感じる。
「今時そんなことを云う子がいるなんて……でも、まさか亮太が来るとは思わなかった」
こちらは割と平然と喋っている理名。シンプルな白のコットンブラに、水色のストライプが横向きに入っているショーツを履いている。脚とウェストの細さが際だって見える。
「月子さんがなんも云わなかったから、そんなカッコしてるなんて思わなかったんだよ……」
「あれ? 云わなかったっけ?」
どうやら、月子は聞いていて忘れていたらしい。
「月子せんせー……くすん」
「あははっ、ごめんごめん!」
真璃子は泣きそうである。月子はあっけらかんとして笑っている。
「けど……なんでまたそんな格好してるの?」
あたしは二人をひとしきり眺めると、肝心の質問をした。
「急に理名ちゃんに泊まってもらおうと思ったんだけど……」
「寝間着がないなあ、と思って……じゃあ女の子しかいないから、ランジェリーパーティーみたいなのも悪くないかなあ、って思って」
「それで、じゃあ月子さんも呼ぼうか……って電話したんだけど……」
「あっはっは、面目ない! ごめんねー」
悪の根元である当の月子からは、反省の欠片も感じられない。
「でさぁ……俺はいつまでこのまんまなんだ……?」
さっきの混乱のさなか、如何にして緊縛されたのか、亮太は見事なほどの一人SM状態である。
「あはは……」
「いや、笑い事じゃないって……」
「ま、せっかくだから、あたしたちも脱ごうか?」
「……えっ?!」
云うが早いか、月子はばさばさとすごい勢いで服を脱ぎ始める。
「じゃじゃーん!」
「うわっ、月子さん、すっごーい……」
「シルクだ……」
「っていうか、その胸の大きさは反則だ……」
月子の下着は上下シルクのセットになっていて、両方ともお揃いの綺麗なレース刺繍がされている。着けている下着が豪華なら、着けている本人のプロポーションも相当にゴージャスだ。亮太が見たら鼻血を吹いて倒れるかも知れないな……。
「じゃ手下も、ほらほら脱いだ脱いだっ!」
「えっ、いや、あたしは……」
「女同士なんだから、恥ずかしがらなくてもいーでしょ」
「あっ、ちょっ……あんっ……あははっ! やめやめっ!」
「観念しなさーい!」
「ああっ、ちょっと、それは取らなくてもいいでしょうっ?!」
「あははっ、そうだったー」
「もう……」
月子と理名が二人がかりで制服を脱がせに掛かったので、仕方なくされるがままになった。体術も心得ているから撃退するのは簡単だけど、今はそういう場面じゃない……とか考えていたら、危うくショーツまで引きずり下ろされそうになってしまった。
「スポーツブラなんだぁ……」
「別にブラが必要なほど胸なんかないけどね……」
「んー、無駄なお肉がないなあ…日焼けとセットでカッコイイね」
「そ、そうかな……?」
そう云う風に誉められると、不思議なことに悪い気はしないものだ、とぼんやりと思う。
「オマエら、俺が居ること忘れてんだろ……しかも、着々と状況が悪化してないか?」
亮太が顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。考えてみれば、かなり邪な想像力を掻き立てられること請け合いだろう。拷問に近いものがありそうだ。
「まあいいじゃない、そこでしばらく若い女体の匂いを堪能してなさい☆」
「ふざけんなー! 俺は変態じゃねーっ!」
「役得なのになあ……」
「あははは……」
亮太と月子さんのやりとりは相変わらずだ。それにしても月子さんの言動は微妙におばさん臭い気がする。
「……手下ちゃん」
「な、なんですか……」
「今、あたしのことおばさん臭い…とか思わなかった?」
「い、い、い……いえ」
「そぅお?」
「は、はい……」
「ふーん……ま、いいか……」
「…………」
なんで……まさか心が読めるとかって云うんじゃ無いでしょうね……?
「どーも、この辺のアンテナに引っかかるのよね……」
そんなことを云いながら月子さんは自分の髪の毛をつまんで引っ張る。まあ、人間では無いのだから、いろいろな能力があるのかも知れない。つい外見から人間として接してしまいがちだけど…。
「こういう、にぎやかなのが好きなの? 真璃子ちゃん」
横で下着の話で盛り上がっている月子と理名を尻目に、あたしは真璃子に聞いてみた。
「そうですね、楽しいです……
「あたし……あたし、か……そうね………」
そんなことは考えたこともなかったけれど。
「そうだね、たまにはこう云うのも……楽しくていいかも知れないね」
「…………はいっ」
真璃子の笑顔を見ながら……配置転換要望書を出すのは、もうちょっと先でも良いかな、なんて、思った。
あたしも、まだまだガキなのかも……ね。
-*-
………ところで。
「………頼むから、部屋に帰してくれよぉ」
ゴーーーーー………
俺の声に、虚しくエアコンの駆動音だけが答えている。
俺、陸井亮太は…縛られたまま部屋の中に転がっている…らしい。
周りからは女どもの安らかな寝息が聞こえている。
「う~ん……リョーちんん……」
ふにゅ。
寝言と共に、背中に当たる柔らかい胸の感触。
「陸井……く……ん……むにゃ……」
ふにゅ。
足下のほうには有川がいるらしい……足に感じるのは…ひょっとして有川のお尻か何かだろうか……
「すー、すー、んゅ……」
目の前には理名が居るらしい、寝息がそっと、規則的に俺の前髪に吹き掛かっている。しかも、全員が下着姿のままらしい。
「新手の拷問か、これは…………泣くぞ」
今、ちょっとでも羨ましいと思ったヤツ、表に出ろ……一撃くれてやるからな。
って誰に云ってる俺……。
やっぱりまだまだ…俺の受難は続きそう……だ。
はぁ……助けてくれ……神様~~……。
とほほ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます