[Ⅱ] キャンディポップとレモネード


【Trigger】



Gimme your Heart. Gimme your Love...


 スピーカーからは、甘ったるい声で、ガールズポップが流れている。

イヤなワケじゃない。

それは自分のステレオから流れているんだし、だいたい、それは自分で買ったCDだ。

「ふざけんじゃないわよ…」

だから、それは誰に云ったことになるのか、さっぱりわからなかった。

理名はジャケットに袖を通すと、ステレオと照明の電源を落として部屋を出た。



【garbage can】



カンッ!



 空き缶はくずかごの端にぶつかると、回転する角度を変えながら金網で編まれたかごの中に転がり込んだ。

白いペンキで塗られた金網製のくずかごは、夕陽に照らされて、何とも云えないさみしそうな雰囲気でそこにたたずんでいる。きっと、下の方から錆が浮かび上がってきているからだろう。

 そう云えば、最近見かけなくなった。

すごく小さい頃、街角の自販機の隣には、いつもこのくずかごがあったような気がした。

あったような気がした、ただそれだけだ。あったからと云って、だからどうというわけじゃないんだ。

理由は解らないけど、急にさみしくなって、真璃子はそばにあるベンチに座ってそれを眺めていた。



カンッ!



 どこからともなく飛んできた次の缶は、だけど縁に当たって、そのままくずかごの外に…今度もやっぱり回転角を変えながら転がり出た。


「………外れた」


どこかで聞いた声、私は缶が飛んできた方を振り返る。そこには知った顔の人が立っていた。


「利浪さん……」

「や、有川真璃子ー、珍しいね、学校以外で逢うなんて」


 私の名前をフルネームで呼んだ彼女…利浪さんはしっとりとした黒さのさらさらストレートを、腰の辺りですっぱりと切り揃えている、ちょっといかつい感じのジャケットを、タイトなミニスカートに合わせてトラッドっぽく着こなしている。彼女の少しきつい感じの目と、大人っぽいストレートヘアが、その組み合わせを綺麗にまとめ上げている。

彼女はクラスメイトの利浪理名さん。うちのクラスの女子のお姉さん的な存在。女子にも男子にも人気がある。リナミ・リナなので、友達とかからはリナリナとか呼ばれているようだが、彼女はそう呼ばれるのは好きではないらしい。

 まるで、まだ知らない複雑な流体力学の法則に則って流れるような綺麗な髪。私の落ち着きのないぽわぽわの猫っ毛とは比べるべくもない。服装もそうだ。私なんて少女の夢から覚めきれてないような、くすんだブラウンのニセモノっぽいリボンが一つ胸元に附いてるだけのぱっとしないブラウスに、素っ気ないフレアスカートの上下……たとえばおしゃれの神様がいるとしても、きっと私なんかには笑いかけてはくれないだろう。


「ね、有川……あたしの顔、なんか附いてる?」

「えっ?!」


こぼれた空き缶を拾ってくずかごに放り込んでから、しげしげと、困ったような顔で私を覗き返す。どうやら考え事をしながら、私はずっと利浪さんの顔を眺めていたらしい。


「ううん、利浪さんって綺麗だよね。服もカッコイイし」


特に云い訳も思いつかなかったから、私は思ったことを口にした。云ってから、私の胸がちょっとだけちくっと痛んだような気がした。


「何言ってるかな、有川は~」


そう云うと利浪さんはその顔からは想像も付かないようにケタケタと笑い声を上げ、私の肩をぱんぱんと叩いた。


「有川は、なに? 今からどっか出かけるの? もう夕方だけど」


出かける。そう、ここはバス停だった。くずかごを眺めているうちに、私はバスを二本逃してしまっていた。


「うん、今晩はうち、親が両方とも家に帰ってこられないって云うから、駅前まで出てたまには美味しいものでも食べようかな……って思って」

「ふぅん……有川んちって共稼ぎなんだ?」


何故か利浪さんは私の隣に腰を下ろすと、会話を続ける気らしかった。そう云えば学校では、ほとんど彼女と話らしい話をしたことはなかった。


「うん。二人とも忙しいから、ほとんど家に帰ってこないんだ」

「そっか……ゴメン、悪いことを聞いた」


利浪さんは空を見上げる様な感じで私を見ずに謝罪の言葉を口にした。多分、面と向かってそういうことを云うのが苦手なんだと思う。私もたまにそう云う時があるからわかる。


「いいの……もう、慣れちゃったから」


私は出来るだけの笑顔でそう云うと、利浪さんはもっと困った顔になってしまった。


「う~ん、と、その、さ……でもやっぱり、淋しいじゃない」

「えっ……」

「うちはさ、なんていうの? おしどり夫婦みたいな親で、あたしは想像力がないヤツだから、一人きりで食べるご飯の淋しさとか、イマイチピンと来ないけど……やっぱ、淋しいじゃん」


今度は私が困った。利浪さんの言葉はしゃべり初めとお終いが繋がっていなかったから。疑問で始まっているのに結論が出てしまっている。


「あっと、今のはちょっと変だったか……じゃさ、有川」

「えっ?」


今日の利浪さんは不思議だ。なんて云うか、表情がころころ変わる。私は頭の隅っこで「私は始めにして終わり、如何なる場所でも真の者なり」というバルトアンデルスのくだりを思い浮かべていた。それとも、あまり会話をしない利浪さん独特の会話のロジックがそんなことを考えさせるのかも知れない。


「有川の晩ご飯に付き合うよ……どう?」


いつのまにか話は進んでいたみたいで、気が付くとそろそろ次のバスが来る時間が近づいていた。


「えっ、でも利浪さんの家は家族みんないるんでしょう?」

「そうだけど、有川が一人でご飯を食べているのは、あたしが淋しいから」

「利浪さんが……淋しい?」


利浪さんは人差し指を折り曲げて頬をかくと、ちょっとそっぽを向いて、


「有川は頻繁に一人で食事をしてて、実はそんなに淋しくないのかも知れない。鬱陶しい家族から離れて、一人悠々と夕食を取っているのかも知れない」

「………うん」

「だけど、いつも家族と一緒にメシを喰ってるあたし的には、すごく淋しいような気がする……で、あたしはそんな淋しそうな有川を想像したくない」

「……うん」

「そういう、わがままで自己中心的な結論……なんだけど、どうかな」

「…………うん」


それでも、私は「うん」しか云えなかった。私は有川さんの推測と違って、家族がいつも一緒に食事をしてくれるのを期待しているけど、それでも確かに、それは利浪さんの独りよがりの結論に聞こえた。


「じゃあ、一緒に行きましょう」


それでも、利浪さんの結論はあたたかかったから。だから私たちは一緒のバスに乗った。



【dinner cradle】



「……えっ、うん、だから友達と一緒に食べるから……って、なんでそうなるかな」


 バスに乗ると、利浪さんは家にケータイで連絡を入れた。バスの乗客はまばらで、黙っていると電話の向こうの声も良く聞こえてきた。どうやら、家の人は彼女が晩ご飯に家に帰ってこないことを心配しているらしかった。


「うん、うん、だからそーでなくて……はいはい……」


半分くらいうんざりしたような声で…それでも楽しそうに、彼女は親とのコミニュケーションを楽しんでいる。私はそう云った親とのコミュニケーションとはほぼ縁がなくて、興味深く彼女の様子を眺めていた。


「おまたせ。ごめんね、うるさくしちゃって」


ケータイをたたむと、利浪さんは私に笑いかける。


「……ひょっとして、利浪さんって、晩ご飯あんまり外で食べないの?」


ちょっと遠慮がちに質問すると、利浪さんの顔がたちまち赤くなった。


「いや、その……まあ、そんなところ……」


さっきの電話の内容から推察するに、彼女の家では晩ご飯は余程のことがない限り家族全員が揃って食べているようだった。電話の向こうの(多分お母さんではないだろうか)声は、心配する、というより、どちらかと云えばねているような声だった。


「ごめんね、変な家で……」


利浪さんは照れながらそう云う。私はそんな彼女を見ながら、ほんとうに、とても素直に返事が出来た。


「そんなこと無いよ、素敵なお家だと思う」


少なくとも、家に帰っても灯り一つついてない、そんな家よりは絶対に素敵だった。



-*-



「さて……と」


灰色の煙を吐きながら街路に消えてゆくバスを見送ると、街はもうともし頃で、ゆっくりと夜のとばりが降りはじめていた。


「なに食べようか?」

「……どうしましょう?」


腹のさぐり合い、と云うほどでもないけれど、利浪さんと私が二人でいるコトなんてこれが初めて。ついついお互い及び腰になってしまうのは仕方がないところだと思う。


「有川って、いつもどんなもの食べてんの?」

「え…うん……いつもはファミレスとかで済ませちゃってる。あんまり冒険しないたちだから」


それは冒険しない、というよりは意気地がないだけだ…と、心の中で云い直してみる。

そんな私の様子を知ってか知らずか、利浪さんは顎に指をかけて何事か思案している。


「ねえ、私ちょっと行ってみたいところがあるんだけど、付き合ってくれない?」

「えっ……あ、うん……あんまり、高いところでなければ」

「う~ん、多分、大丈夫だと思うんだけど」


そう云って笑うと、利浪さんは歩き出した。そして私は、やっぱり慌ててついていくことしか出来なかった。


「ここなんだけど」


利浪さんが立ち止まったのは、すごくお洒落な感じのイタリア料理のレストランだった。私が辛うじてイタリア料理のお店だってわかったのは、イタリアの国旗が飾ってあったからだ。


「利浪さん、あの、こういうところはちょっと……お金が……」


ちょっと情けないとは思ったが、私はそう云うしかなかった。一体いくら掛かるか想像もつかなかった。それとも、利浪さんにとってはこのレベルが全く当たり前なのだろうか?


「いや、あたしも普通に払ったら破産しちゃいそうだけど」


良かった、とホッとする間もなく、利浪さんは中へと入っていこうとする。


「り、利浪さん?!」


私が慌てて利浪さんを引き留めようとすると、


「あ、だいじょぶだいじょぶ、ちょっと……待っててくれる?」

「え、あ、うん……」


ウインク一つを残して、利浪さんは中へと入っていってしまった。

私は果てしない不安に襲われつつ、そう思ってしまうところが私の弱いところなんだ、と不安と自戒が交互にやってきて、半ばパニックになっているところで、彼女が笑顔で戻ってきた。


「ふふん、作戦成功。さ、入った入った」

「えっ、で、でもっ……」

「はいはい、いいから」


お店の中に押し込まれると、そこはさらに別世界だった。


「いらっしゃいませ」


全部のテーブルには真っ白なテーブルクロスが皺ひとつなく敷かれていて、ゆらゆらとキャンドルの灯りがゆれていてとても幻想的だ。


「こちらのテーブルにどうぞ」


笑顔を絶やさない優しそうな店員さんが、椅子を引いてくれる。ここまで来ると逆に逃げ出す度胸もない。


「ね、ねえ利浪さん、いったい……」


利浪さんは私の慌てた顔を見ると、可笑しそうに笑う。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ……1500円にしてもらったから」

「えっ?!」


一体どうやって……と思っていると、利浪さんがウィンクした。どうやら顔に出ていたらしい。


「ここね、あたしの叔父さんがやってるお店なのよ」

「そう……なんだ……」

「『いつも一人でご飯を食べてる可哀想なお友達なのよ』って云ったら、是非食べて行きなさいって云ってくれたわよ?」

「あ、あああ………」


私は自分の顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。ああ、利浪さん、なんてことを……すると私は、お店の人にとって、ひとり淋しく家でご飯を食べている現代少子化家庭の代表選手のような扱いになっているのだろうか。そう思うと、なんとも云えず自分がピエロのような気がしてきて居たたまれなくなった。


「ありゃ、ごめん、イヤだった?」


全く悪びれた風もなく利浪さんは笑うと、言葉を続けた。


「だって、あたしも1500円にしてもらったから」

「えっ……」

「……ごめん」


利浪さんは悪いと思ってなかった。だって彼女の眼は悪戯っ子のそれだったから。


「……あはっ」

「ははっ……」

「あはははっ、もう、やだ利浪さんってば……」


私も思わず笑い出した。多分、彼女の叔父さんは私がほんとうにそういう事情の人間かどうかはどうでもいいのだろう。


「理名ちゃん、楽しそうだね」


シェフの格好をした年配のおじさまがやって来た。利浪さんを名前で呼んだということは、この料理長さんが彼女の叔父さんなのだろう。


「いつも、遊びにおいでって云っていたんだけどね、うちのお店は敷居が高いからって、全然来てくれなかったんだよこの子は。そんな謙虚な性格してないのにねえ……偏屈だよね、理名ちゃんは」

「あのですね、その姪がやっと食事に来たっていうのに、その云い方はないんじゃないですか、義昭さん」

「あっはっは、そりゃそうか…ま、ゆっくり楽しんで行きなさい。そちらのお嬢さんもね」


そういって利浪さんと叔父さんは可笑しそうに笑う。


「あっ、はい、あ、ありがとうございます……」


慌てて頭を下げると、料理長さんは急に笑い出した。


「わかったぞ、理名ちゃん……さては、一緒に連れてこられるような静かな友達がいなかったんだろう?」

「わわっ、余計なお世話ですっ!もうっ、早くお料理作って下さいよっ!」

「わかったわかった…おお、怖い怖い……あっはっは……」


そういうと、料理長さんは厨房へと戻っていった。


「くそ~、変なところだけ鋭いんだから……」

「それは…どういう意味なの?」

「えっ……だってさ、有川……あたしの普段の友達こんな所に連れてきて、大人しくご飯食べると思う?」

「ち……違うの?」

「こほん、だって……」


軽く咳払いをすると、私の顔を見た。


「あいつらが静かにしてるわけないじゃない……だから、今日は有川に逢って良かったわ。やっぱり、分別のある友達も……必要だよね」


ひそひそ声で、あんまりにも困ったような顔をして云うものだから、私は可笑しくて笑い出してしまった。


「さ、おまちどおさま……」

「わっ、なんかすごそうっ……」

「わぁ……」


出された料理は、まるで作った人の人柄のような、とても暖かい味がした──。



【midnight society】



「けっこー美味しかったね。やー、発見発見」

「結構なんて…すごくお客さん一杯いたじゃない?」


お店から出て、利浪さんにくっついて夜の街を歩く。私はいつも一人だったから、今夜は少しだけ街並みが違って見えるような気がした。


「親戚の人が始めたお店なんて、どうせ大したことないって高をくくってたのよね……でも、人は見かけによらないわね」

「……そうだね」

「こらこら、有川がそこで同意してどうするの」

「あっ、ご、ごめん……」

「ふふっ、有川も見かけによらない……かもね」

「えっ……そ、そっかな……?」

「…………ちょっと、ごめん」


 今まで楽しそうに話していた利浪さんの顔が、突然無表情…というか、何と云ったらいいのだろう『真っ白』と云えば一番イメージが伝わるだろうか、表情の全く消えたフラットな表情になったかと思ったら、急に路地に入っていってしまった。


「……利浪、さん……?」


私は瞬間的にパニックに陥った。何か今私は利浪さんに云ってはいけないようなことを云っただろうか? 怒らせてしまっただろうか? そんなことをしているうちに、利浪さんの姿が見えなくなっていた。


「利浪さんっ?!」


声を掛けても返事が返ってこない。


「ねーちゃん、なにデッカイ声張り上げてんだい?」


後ろから声を掛けられて振り返ると、いかにもチンピラって感じの男が四人並んで立っていた。


「な、なんでもないです……」


とりあえず、利浪さんを追おうと路地に入ろうとすると、男の手が私を止めた。


「へえ、結構カワイイじゃねーか、ちょっと俺等に付き合いなよ」

「なんですか……やめて下さい!」


振りほどこうとするが、男の腕は強くて肩から離れない。


「そういう云い方はねーだろぉ、誘ってやってんのに……くくく」


相手は少し酔っているのか、酒臭い息が顔に掛かる。


「いやですっ………!」


わずかに存在する周囲の人波は、なにか汚いものを見ないようにとでも云うように、眼を逸らして通り過ぎる。


「良いおもいさせてやっからさあ……」


どうしても離れない腕に居たたまれなくなり、眼に涙が浮かび始めた時だった。


「………離しな」


鋭い、剣のような女性の声が私の背後から聞こえてきた。街の雑踏の中をまるで無音の世界に響く唯ひとつの声のようにしっかりと通る、そんな声だった。


「なんだい、姉ちゃんも俺等と付き合うかい?」


そのとき初めて、私は彼女を見た。綺麗なブルネットの髪が脚の付け根までストレートに伸びて街の灯りを反射してきらめいている。アーモンドのように切れ長で蒼い瞳、全身をつや無しのビニールレザーで固めたその姿は、息を呑むほどに綺麗だった。


「いらっしゃい、可愛い子ちゃん」


ツカツカとブーツの音を響かせながら、男たちをまるっきり無視して歩くと、彼女は私の肩を抱き、そのまま男たちの囲いの中から何事もないように連れ出した。


「おいおい姉ちゃ……」


ジャッ!


男が声を発しようとした途端、彼女はブーツの後ろに付いている──あれは西部劇でよく見る馬に蹴りを入れる時に使う拍車だ──で地面を一閃し、地面には削られた石で白い線が引かれていた。


「あたしは今すこぶるご機嫌斜めだ。もし、この線よりこっちに来たら……あんたたちご自慢のアレがぺしゃんこになる……OK?」


そう云って、私の肩を抱いてそのまま歩き出す。


「ああ? バカかおめえ……」


男の一人がこっちに向かって走り出す。線を跨ごうとしたその瞬間だった。


ガァン!


「ぐあはぁっ?!」


男は股間を押さえて倒れ込む。彼女はいつの間にか、私を抱いていない片方の手に拳銃のようなものを握っている。音は聞こえたが弾丸が飛んだようには見えず、私は拳銃を恐れるよりもそれが不思議だった。


「……バカはお前だ」

「おお、あ、い、いてええ……」


転がりまわる仲間の姿と彼女の姿を交互に見比べて、動けなくなる他の三人。


そのまま彼女に肩を抱かれて、通りひとつ分歩いてしまった。見上げる彼女の顔は月の光を受けて、神秘的なくらい美しかった。


「……アリスによろしく云っといてくれ」

「えっ……?!」


彼女はその言葉だけを残して、闇の中に紛れていってしまった。


「アリスの事、知って……もしかして、あの人が……ガートルード……」


亮太くんと月子さんに聞かされた、『処刑人』ガートルードの話……でも、私には彼女がそんなに邪悪な存在には見えなかった。現に今、彼女は私を助けてくれた。


「それに……なんだかあの人……」


誰かに似ていると思ったが、それが誰に似ているのかは思い出せなかった。



-*-



「あっ!有川~~~!」


バス停まで歩いて戻る途中、利浪さんがバス停の方から走ってきた。


「利浪さん……その、ごめんね」


私は取りあえず利浪さんに謝った。何が悪いのかよく解らなかったが、急に機嫌が悪くなったのは自分の所為に違いないと思ったから。


「えっ……なんで?」


利浪さんは鳩に豆鉄砲を喰らったような顔をした。その辺のことはなにも覚えていないらしい。


「ちょっと考え事してて……ごめんね、置いてけぼりにしちゃった」


逆に謝られて私も困ったけど、ひとつお願い事をしてみようとおもった。


「ねえ、利浪さん……今晩、うちに泊まっていかない?」

「えっ?!」

「置いてきぼりにした罰です…あのあと大変だったんだから……」

「うっ……でも、あたしなんかがお邪魔しちゃって……いいの?」

「うん、どうせ誰もいないから……ね」


利浪さんはちょっと肩を竦めると、ニッコリ笑った。


「わかった…その罰ゲーム、受けるわ……そのかわり」

「その……かわり……?」

「……寝かさないからね」

「……ふふっ、覚悟します」

「あはははっ……」

「ふふふふっ……」


そういって、二人とも大声で笑った。

今夜は久しぶりに、うちはにぎやかになりそうだった──。

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