第十五話

 案内板で確認した道を行き、目的の出口で降りた。異様な格好の二人組に係員は狼狽えたが、引き留められる前に料金を握らせて通過した。


 すでに東の空の色が変わりつつあった。出口から一般道へ続くT字路を前に、斎藤はカーナビの画面を思い出そうとするのだが、上手くいかなかった。


「おい、おい、どっちに行ったらいい?」


 高安は別荘がある場所だと言っていた。ならば、道を知っているかもしれない。バイクにはカーナビがないため地図を買う予定だったのだが、そんな余裕も金もない。


 高安は左折する道の古い看板を指さした。


「いつもあそこの前を、通っていた記憶がある。しばらく進むと、右に曲がって、後はずっとまっすぐに走ってた」

「分かった。曲がる場所が近くなったら教えてくれ」

「なあ」


 走り出す直前、ベルトのバックルを引っ張られた。


「このまま俺を置いて、あんただけ逃げるってことも、できるんだぜ?」


 きっと、同意してもしなくても、その答えに高安は満足しないのだろう。枝のような指を引きはがしてベルトに挟んだ。


「しっかり捕まっとけ」


 高安は返事ともつかぬ声を出して、背中に身を預けてきた。


 田んぼと電柱と山ばかりの土地だった。片側一車線の道ですれ違うのは農道を行く人間とトラクターだけで、乗用車は一台も走っていなかった。次第にその数も少なくなり、景色は緑色ばかりが増えていった。


 再び引っ張られてスピードを落とした。


「もう少し進むと、赤い屋根の、小屋がある」

「そこを右か」

「ああ、右だ」


 ほどなくして小屋は現れ、右折した。山を切り開いて作られた道は木々に日差しを阻まれてうっそうとしている。夏になりきれない青葉のトンネルが、草木と土と湿気の臭気を混濁させてバイクを迎え入れた。


「おい、生きてるか?」


 声を張り上げると背中にヘルメットが擦り付けられる。


「絶対に離すんじゃないぞ」


 いよいよ空が白んできた。自分も高安も限界が近い。


 急がなくてはと、速度を上げるべく握りしめたアクセルのかかり方がおかしかった。経験上間違いないと思いつつ恐る恐るメーターを確認すると、警告のランプが光っていた。


(まじかよ)


 メーターの針はすでに「E」を指していた。いつからこの状態になっていたのだろうか。冷や汗がどっと噴き出す。あとどれだけの道のりが残っているのかも分からないというのに。


(頼む、持ちこたえてくれ)


 ゆったりとした坂を速度を抑えて下っていたそのとき、ずくりと、折れた箇所が痛みを発した。反射的に力の入った右手が、思い切りアクセルを吹かせてしまう。


 しまったと、思ったときにはもう遅かった。ストンと、エンジンが止まった。スピードを落としながらタイヤだけが惰性的に回り続け、道が平坦になったあたりで、停止した。


「くそがっ」


 蒸れた頭はそよ風ごときではクールダウンしない。斎藤はヘルメットを乱暴に脱ぐと地面に叩き付けた。


「どうした?」

「ガス欠起こした。ここから歩くぞ」


 車が通れば乗せてもらえるのだろうが、望みは薄い。


「下ろせよ」

「歩けない奴が何言ってんだ」


 ベルトを外し、ヘルメットも取り去って高安を抱き上げると、ぶつぶつ言いながらも首に手を回してきた。

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