第五十六回 『ピーターセンの忌まわしき物語』ってなぁに?

【初めに】

 クトゥルフ神話TRPGのシナリオ集を読みました。

 サンディ・ピーターセン先生がコンベンション(みんなで集まってTRPGをする会合です)でクトゥルフ神話TRPGのKPをやる時に使ってたシナリオを集めてみました。というコンセプトのシナリオ集ですね。

 どのシナリオも短くて面白い質実剛健な造りで、ゾクゾクしてしまいました。純粋的な宇宙的恐怖は勿論として、「これKPの技量次第で面白くもつまらなくもなるよね?」って意味でゾクゾクしました。これ使って滑ったら立ち直れねえかもしれん。出来が良くてなおかつ自由度が高いから上ブレもでかいんだけど下ブレもエグいんだよ。しかも現代のクトゥルフ神話TRPGを作り上げた巨匠が手づから使ってたシナリオなんだから面白いに決まってるしさ。

 失敗したら自分のせいってことになるじゃないですか、こんなん。さりとて自由度高くて回そうとしたらしくじるKPも出るだろうし、「まあ死んでもいいじゃん」「HAHAHA! このサンディ・ピーターセンにPCを殺されたいんだろ❤」って温度感でシナリオ組んでいる(これは前書きにそういう旨のことがマジで書いてあります)ので、わりかしデッドリー。

 現代舞台で、比較的短時間で終わり、継続的探索の契機にもなる。そして面白い。改変を受け入れる改変元チューニングベースとしての素性ポテンシャルの良さだってある。ただしKPに求められるスキルは結構高いとんだジャジャ馬だ……。

 決して簡単じゃないけど「基礎+αができたKPを短時間卓でのみサンディ・ピーターセンの水準まで近づける」みたいな魔導書なので、KPでクールなプレイを目指すなら絶対に買っておいた方が良いです。クールなKPやりてえぞって人はもうマストバイ。こういうシナリオ集が出せちゃうのがCOCのいいところだし、これを母国語で読めるのが日本の良いところですよ。

 今回はKP目線でシナリオの特徴について紹介していきますが、一部ネタバレを含む記述もあるのでご注意ください。

 それではスタート。


【1.地獄のホテル(Hotel Hell)】

●KPに必要なもの→PCたちが「何をすれば良いのかわからない」状態にならないようなこまめな誘導

●PLに必要なもの→そんなものないぜ! 初めてでも大歓迎! とっても面白いよ! サンプルキャラシもばっちりさ!


 ホテルを再建しようぜ! 日本を舞台に改変しても問題ありません。できれば北海道、道東にしておくと改変の量が少なく済んで楽ですよ。

 これは非常にやりやすいシナリオです。手がかりは多く、調べる場所はハッキリしていて、ちょこちょこ奇妙なイベントが挟まったかと思えば、世界的なカタストロフが展開される。ピーターセン先生はこの作品を悪霊の家と比較なさってますが、悪霊の家の豪華版、クソデカ悪霊の家とでも言うべき味わいがあり、非常に面白い。もう圧倒的に面白いのですが、クライマックスにPCがどうすべきかという指針を示す時、本の記載通りにやるとPLにとって不親切になる可能性があります。この本が示すクライマックスの決着に向けて、PCたちが探索を通じて違和感無くたどり着けるようにできればこのシナリオは最高のものになるでしょう。

 ここで大事なこととして「PCにとって違和感の無いクライマックスへの到達方法」ってプレイグループや場の雰囲気、キャラ同士の交流の流れで全く違ってきます。なのでその答えを見出して、その答えに合わせたクライマックスへの道の舗装はKPのお仕事です。それができないと最悪シナリオの中で迷子になります。

 なお、「なんかちょっと絵面が地味な時とか不安を煽りたい時に良い感じのイベント案も用意してるから使ってよ」とピーターセン先生はリストを用意してくださっているので、これらのリストをプレイグループに合わせて上手く運用していくとKP側もかなり楽ができるし、盛り上がります。なので――


●KPが持っていると嬉しいもの→大量の描写リストからプレイグループに合わせて盛り上がるものや進行に寄与するものを即座に選択する判断速度。


という項目も追加しておきます。


【2.遺棄された船(The Derelict)】

●KPに必要なもの→プレデターの視聴(ごめんなさい、なくてもいいです)、PLの提案を促し同時に受け入れあるいは推察してクライマックスの構築を組み上げていく柔軟性

●PLにあったほうがいいもの→プレデターの視聴、死の覚悟、ゆるさねえ化け物絶対にぶち殺してやるというハート


 結構ストレートなモンスターパニックものです。ただし氷山が浮かぶ寒い海の中が舞台です。殺意、アゲていくぞ。幸運な生還はほぼ許されません。襲い来る怪物をぶちのめしていきましょう。

 シナリオそのものは比較的一本道でまっすぐ攻略していける仕様なのですが、ボス討伐に必要なギミックに気づけ無いと若干厳しいです。この情報をPL側がどのタイミングで気付けるかで難易度は激変します。ギミック気づかない状態でうろちょろしたらワンチャン即死見えますからね。

 クライマックスのスーパーバトルをぶちあげられるかどうかにかかっているので、KPはPLにアドレナリン全開になるような工夫をすることをおすすめします。具体的にはトレマーズかプレデターを視聴させるのです。ウルトラQのペギラ回もわるくないでしょう。あとは一定の難易度が確保されるようにしつつPLの提案を柔軟に受け入れてボス攻略ギミックを即興で完成させましょう。プレイグループによってどんな物が出るかは全く違ってくる筈です。

 私なら序盤でヨットのついでにPCの愛犬などを破壊してヘイトを稼ぎ、クライマックスで惨たらしくボスをぶち殺し愛犬の仇を討ってもらい、EDで脱出する描写でボスが実は複数体居る群れだったことを示唆してもらった後、このシナリオで大切な役割を果たす『赤毛のエイリークのサガ』の一節を読み上げるでしょう。

 このシナリオ集買ったら私が何を言っているのか理解できると思うので買ってください。


【3.万能薬(Panacea)】

●KPに必要なもの→多種多様な怪物の描写能力、怪物に会話させながらもPLに恐怖を感じてもらえる描写能力、時間管理能力

●KPにあると嬉しいもの→医学・薬学知識

●PLに必要なもの→殺意


 ぬるいことやってると死にます。即死はしないんですが、ぬるいことやってると詰むし詰むと死にます。まあこのシナリオで死ななくてもこれだけ派手にやったら常にカルトの報復に怯えて暮らさないと行けない気がします。だとしても殺す気でいかないとPCは詰みます。

 KPは序盤から沢山出てくる怪物をキャラが被ったり飽きられないように面白く恐ろしく語り続けてください。人間が怪物にもなるし、怪物が人間だったこともわかったりするし、どうしようもない怪物もいるし、人間の精神性などとっくに捨て去った超存在もその気になれば出せるし、ただのセコい人間がどうしようもなくどす黒いこともあります。言語は通じるけど根本的に相容れない知性体とかも出るので、KPのロール力や描写力が光るシナリオですね。あと病気に苦しむ人とかも描けるしな! KPの描画エンジンとしての性能と描写ばっかり必死になって時間を食いつぶさないバランス感覚を同時に求められます。結構できることとやらなきゃいけないことが多いから、時間配分間違えると非常に厳しい。悪趣味自己満KPにならないように、自分の見せ場となる描写が、PLの満足感に繋がっているかを常に意識しておくことを求めてくるシナリオです。逆にPL満足して時間も許すなら全力で怪物その他の描写ゴリ押して好き放題やっていいと思います。そっちのほうが絶対楽しいから……。

 あとはこう「COCのKPたるもの人語を解するけど根本的に人間と相容れない人外をロールしてPCたちの育んだ価値観を揺るがすことくらいはできるよね?」ってノリでスッとやべえものがお出しされますが、これできない人はできないムーヴなので、そういうの苦手なら避けた方が良いかもしれません。すごい大事で美味しいところが苦手な要素で作られているとKP悲しいからね。私はそういうの大好きですが……。

 TRPG星人と地球をかけて戦う為に、COCの既製品シナリオを選べと言われたらおそらくこれを選びます。傑作です。



【4.モホール計画(Mohole)】

●KPに必要なもの→40人以上のNPCと6つの階層に存在する資材を管理してPCの行動に応じて運用するデータ掌握能力。楽しく死んでもらう為のホスピタリティ。

●PLに必要なもの→転んでも泣かないこと。


 ツァトゥグアが主題のシナリオは傑作の法則! これも傑作!

 一応生きて帰る為にすごくわざとらしく即死ポイントに対して救済措置が設けられているシナリオですが、運が悪いと死にます。「生きて帰ることは難しいが、」とかしれっと書いている。クライマックスも殺意の塊みたいな記述があり、このシナリオはPCを殺すことが目的だと言わんばかりです。

 まあ実際殺す気満々で、作中にそれとなく示されている危機の予兆に気づいて適切に警戒しなければ即死ルート待ったなし。まあ詰んだ時に詰んだって言うの、あんまり面白くないのでそれを面白くできるようにするか、詰みにならないようにするか、即死ルートを上手く調理して美味しいところだけチューチューするか、上手いようにしてください。

 普通に回すだけだとKPへの負荷が重いし、KPが負荷に飲まれて慌てていると、誘導もひねりもきかず、PL側も「バタバタしてたらなんか死んだ。爆発オチなんてサイテーよ」になりやすいので丁寧なキーパリングが求められます。

 これがコンベンションでやれるのは、COCのビッグネームの登場を聞きつけて歴戦の発狂希望者が集まったからこそなので、不慣れな人を呼んだ時にやろうとか思わない方が良いです。


【5.電話口の声(Voice on the Phone)】

●KPに必要なもの→殺さない強い意志、クライマックスまでPCたちに突き進んでもらおうという善意、露悪的になりがちな物語をやりすぎない範囲に保つ倫理、サンディ・ピーターセンなる邪神に飲まれない為の正気度

●PLに必要なもの→ダイナマイトを大量に調達し、適切に投擲し、爆破させる方法、二枚目のキャラシート


 このシナリオでは「KPのやることはシンプルだ」とか言っているが勿論ウソだ。時間依存ギミックと真面目に向き合うと大変なことになるし、殺そうと思えばすぐ殺せるからやりすぎないように常に注意しなくてはいけない。端的に言うと「黒幕側はその気になればいつでもPCを潰せる」し、「一部のPLを苛立たせるまで計算して設計されてる」のがこのシナリオ。ろくでもないですね。もうこの辺りになるとこれを面白く回せるKPならなんだって面白く回せます。いやまあ面白いシナリオなので面白く回したら最高に面白いですが。手付きが「卓上手人うまんちゅが身内で回す為に作ったシナリオ」なんですよ。ニャルラトホテプって言えば何しても許されると思ってんじゃねえかなこのピーターセン。

 KPはニャルラトホテプを使ってPLたちをこっそり助けてあげてください。

 ふざけるなピーターセン。

 勿論ですがこのシナリオにはちょくちょく「●●できるからってやりすぎるなよ!」って書いてますが、やりすぎなかった理由付けを全部ニャルラトホテプの気まぐれとかにすると本物のクソシナリオになるので普通に回すとクソシナリオになります。サンディ・ピーターセンが回すと神シナリオになることでしょう。よくこんな物市販したな……。


【余談・改造案】

 無謀にもこれらのシナリオに突っ込んだ挙げ句、回してて本当に困ったらクライマックス近辺で突然悪の親玉の魔道士が出てきてもいいし、PCの一人がスーパーロボットを操ったりニンジャだったりして悪の親玉を倒すスーパースペクタクルにしてもいいと思います。

 あとPCの一人が映画監督でモキュメンタリー撮ってるみたいなのも楽しいと思います。コワすぎCOCみたいなさ……。アグレッシブに進むやつが一人は居ないと何も出来ずに死ぬ可能性があるので……。

 色々いじってもいいよ、とはこのシナリオ集に書かれているのですが、一つ改変すると連鎖的に改変したいところが出てくるので、綺麗に改変できるようなやつはもうそれ自分でいいシナリオ書けるんだよな……というあたりもマジでこれ魔導書の類いだろピーターセン。KP養成ギプスでも書いたのかピーターセン。そういう気持ちです。


【最後に】

 なんか悪口ばっかり書いたような気がしますが、果てしなく出来が良く、お買い得です。初心者向けじゃないだけです。悪霊の家は本当に良く出来たサンプルシナリオだったね。僕は身内の卓上手人うまんちゅだけ呼んでキャンペーンやってるので、もしこの本のシナリオ全部回せと言われたら全部回せるPLも呼べるしKPもできるしめちゃくちゃ面白くできるからやりたいくらいです、なんなら五つ繋げて無理やりキャンペーンにしろとか言われてもいけます。いけるんだけど……その、まずこれちゃんと動かせる状態にするだけでその、大変かなって……。サンディ・ピーターセンが使うことが前提になっているシナリオを、人間でも扱えるようにチューニングしているだけなのでそうだね仕方ないね。

 あと個人的にはポリコレの組み入れ方がセンス良いですよね。ポリコレって面白くないことが多いんですが、このサプリのポリコレ要素は面白いです。クトゥルー神話って土地や文化に合わせて調理され受容されてきているので、そのクトゥルー神話の現代における最先端がポリコレすらも上手に使ってくるというのは素晴らしいことだと思います。

 翻訳の関係で2010年代までのシナリオしか入ってないのですが、この先の2020年以降には海外でどんどん面白いシナリオが出てるんだろうなあ~ってちょっとワクワクしちゃいます。

 この先もこういう本が出ると嬉しいなあって思いました。まる。


 感想文みたいな〆方をしたことで急に話題を変えるんですが賀井暁月さん元気にしてるかなあ。実はちょっぴり縁があるんでいつか本人にバラしたいんだけど今はTwitterでも呟いてないしどうしてるか気になります。

 誰か知ってたり本人がこれを読んでたら教えて欲しいところです。


 それでは次回までくれぐれも闇からの囁きに耳を傾けぬように。

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