第四十八回 I Dream of Wiresってなぁに?~英語小説で見るチクタクマン~
【始めに】
まずは最初に謝らせてください。TRPGの話も書きたいなあと思ったのですが、最近あまりにも読書量が少ないので真面目に積んでいた本を崩していきたいと思います。ただ読むだけだと勿体無いので、日本語に翻訳されていない本に関してはこちらで内容を紹介しつつ読んでいこうと思います。
今回ご紹介するのは『I Dream of Wires』、ニャルラトホテプの化身として認知されているチクタクマンが登場する短編です。私が最初にカクヨムで発表したweb小説『ケイオスハウル』も主人公の相棒はチクタクマンでしたからね。まず最初にこいつを紹介したいとずっと思っていた訳です。作者のスコット・デイヴィッド・アニオロフスキーはクトゥルフ神話TRPGのサプリメント作成に関わるゲームデザイナーであると同時に作家・編集者としてマルチに活躍するクトゥルー神話クリエイターなので、TRPGから入ったよという人にも親しみやすいと思います。
ゲームデザイナーだけあってこの話もシナリオフックになる話作りで、創作意欲を刺激されます。私自身は「湖の隣人の小屋」様の紹介記事などを参考にチクタクマンの知識を深めたのですが、この記事が同じような役割を果たせたら幸いです。
それでははじまりはじまり。
【あらすじ(抄訳)】
美しい秋のブリチェスター。ブリチェスター大学に通うクリスチャン・バーネットはもうすぐ大学二年生で、二十歳の誕生日も迎えようとしていた。彼は黒い髪に黒い瞳の細身の青年で、滑らかな雪花石膏の肌に似合わぬ無精髭、左右を短く刈り上げ伸ばした髪(白いメッシュ入)で片目を隠すファッション、スパイクだらけの黒いレザージャケットやタイトなダメージジーンズが特徴的な今どきの若者だった。
そんな彼は道すがら見知らぬ黒人の男から声をかけられる。異常な受け答えをする男に、クリスチャンは相手をせずにその場を後にする。
部屋に帰るとルームメイトのブライアンはクリスチャンの似顔絵を描いていた。それはクリスチャンの肉体の一部が機械に置換された奇妙な絵だった。胴体からは歯車とワイヤーが飛び出して、片目は小さな時計の文字盤に置き換えられている。
クリスチャンがブライアンとよもやま話にふけっていると、部屋のテレビの向こうに悪魔のような何者かが突然映し出される。悪魔はクリスチャンに向けて神の死についてブライアンは何も気づかない。悪魔は「チクタクマンからの託宣である」と笑って消えた。クリスチャンはそれをドラッグのせいだと考えた。
それから彼は食事に出た。食事に向かった店、シンセサイザーの音楽(テクノポップ)に包まれた店は、彼の見覚えのない場所だった。そんな場所にも見覚えのある顔があった。赤毛に黒いドレスが特徴的な美女、ザラだ。
ザラにブライアンを紹介するクリスチャンだったが、ブライアンの様子がおかしい。ブライアンの苗字に聞き覚えがないのだ。ブライアンの記憶がうまく思い出せず、混乱している内に、周囲の風景までもがめちゃくちゃに歪み始める。その中に見えたものはキーボード、電線、回路、そして白熱する太陽。
正気に戻った彼はレストランに戻るが、やはりブライアンの言動は不穏だ。ザラの姿も無い。レストランの外に、先程話しかけてきた黒人が現れ、ガラス越しに意味深な言葉を投げかける。
クリスチャンはブライアンと共に大学に向かう坂道を登り始めていた。ブライアンに故郷の話を聞くと、やはり知っている内容と齟齬が有る。クリスチャンは混乱していた。眠るように言われたがクリスチャンは坂を歩いて劇場に向かった。劇場では長いマントを羽織ったタキシードの男が彼らを迎えた。二人を迎えたタキシードの男が白い仮面を外すと、そこに現れたのは先程の黒人。クリスチャンになんのつもりか問い詰められた黒人は自らの顔の肉を引き剥がし、ワイヤーと歯車と機械仕掛けが詰まった自らの中身を見せつける。
「チクタクマン」とブライアンはつぶやいた。
朝の光に照らされてクリスチャンは目を覚ました。ブライアンと昨日のことについて話すと、クリスチャンはブライアンからチクタクマンという
大きな機械を中心に、沢山のワイヤーやケーブルが四方八方に伸びている。どこかからなにかがクリスチャンを覗き込んでいる。なにかの目に映る彼の姿はワイヤーとケーブルで機械に繋がれていた。脳内に合成音声が響き、クリスチャンは元の部屋に戻された。
朝、ブライアンが外出した後、部屋の中に突然男が現れる。銀色の唇をした奇妙な小男だ。意味不明な会話をする小男に対してクリスチャンは自らの昨日の行動について質問を繰り返す。クリスチャンは要領の得ない回答を繰り返す小男を捕まえようとするが、小男は意味不明の警告だけを残して蒸気のようにその手からすり抜ける。
路上に出たクリスチャンは街の風景が小さな断片に分解される様を見る。遠くからの声やショートした回路のような空の異常なども見られ始める。クリスチャンは赤紫色の空の下で路地に一人立っていた。大蛇のようなコイルがクリスチャンを締め上げ、彼はもがき続ける。機械仕掛けの猟犬を連れたアンドロイドの女が近づいてくるかと思ったが、そこでまた風景が変わる。レストランだ。
レストランに現れたのは二人。ブライアンとブライアンが連れてきた時計の目を持った黒人だ。クリスチャンは逃げようとしたが、捕まってしまう。
しかし捕まったと思ったら今度は公園の中で目を覚ます。起こしてくれたブライアンにクリスチャンは怯えた。精神の均衡を崩したクリスチャンとそれをなだめるブライアン。しばらくするとクリスチャンの頭の中で人工音声が流れ始める。すると急に公園の中の全てが機械に変わって彼にまとわりつく。ブライアンは異常なクリスチャンを見て逃げ出してしまった。なんとか追いついたクリスチャンだったが、ブライアンは逃げた勢いでバスと衝突してしまう。救急車を呼ぼうとしたクリスチャンに、ブライアンは呟く。「神の映し出したものを見るんだ」ブライアンの血は黒い油に変わっており、クリスチャンの肉体もまた機械へと変わり始めていた。
いつのまにかクリスチャンは拘束されて真っ白な場所に寝かされていた。周囲には機械に身体を繋がれた人々が同じように眠っている。皆が同じように一つの巨大な機械に繋がれているのだ。
「被検体五号が目を覚ましました」
「ここはどこですか?」
「心配いりませんよ」
「被検体の意識は完全に戻っている」
「再導入の準備をしてください」
クリスチャンは再び機械と接続されようとしていた。
「この昏き門を越え、彼方より此方へ」
声が聞こえた。機械の声が。
「そっと踏んで欲しい、私の大切な夢だから」
機械の夢だ。
クリスチャンの意識は夢の中へと取り込まれていく。
「神の声による死が訪れる」とチクタクマンは言った。
クリスチャン・バーネットは瞼を閉じ、機械仕掛けの夢を見た。
【あらすじだけで抜け落ちるもの】
本筋とは何も関係ないのですがなにせ秋のブリチェスターの描写が美しいので、本当だったらそこもご覧いただきたいと思いました。
ブリチェスターの美しい秋の光景と電脳世界が見せるサイケデリックなテクノ世界観、そしてその中に一人取り残されたパンクファッションの主人公。この対比が本当に良いんですよね。パンクファッション(パンクロック)は1970年代後半から1980年代にかけてのイギリスの流行なのですが、ダンスミュージックとしてのテクノがぶち上がったのは1980年代後半にかけてであり、この作品自体は1995年に発表されているということを考えると実に文脈乗ってますよね。イギリスのミュージックシーンですよこんなん。
抄訳しただけなのでいろいろな部分が抜け落ちているのですが(というか全部綺麗に翻訳して公開したら権利的に色々不味い可能性があるのでざっくり纏めてます)、個人的に惜しいなあと思っているのが主人公のキャラクター性というか、結構バチッとパンクファッションと退廃の中で今を生きる若者ってキャラで立っているのにそれを抄訳だけだとお伝えできないよなってところです。台詞回しとかもイェイツという有名な詩人のオマージュが入ってたりしてとても美しい。全体的に混沌としていて非人間的な電子世界の中に人間の柔らかな感性に機械の感性が指を伸ばして互いが触れ合う作品でした。
【最後に】
元からチクタクマンは大好きな旧支配者なのですが、こうしてしっかりと向き合ってみて更に好きになりました。いつか全訳して発表したいところですね。お仕事のオファーお待ちしております。
こういった未訳作品は今後も紹介していく予定です。コレが気になるというものがあったらぜひ教えてください。次回の未訳文献紹介ではヨグソトースの化身ことアフォーゴモンが登場する『The Chain of Aforgomon(アフォーゴモンの鎖)』を紹介したいと思います。ご指摘いただいて厳密に言うと完全な未訳じゃなかったことを思い出したのですが、それはさておきやってみたいのでやります。好きな作品なので!
それでは次回までくれぐれも闇からの囁きに耳を傾けぬように。
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