第四十二回 ヴォルヴァドスってなぁに?

【はじめに】


 仕事が忙しいです。海野しぃるです。最近健康のために水泳始めました。更に忙しいです。けど久しぶりに泳ぐとプールもハリ湖を思わせる穏やかさで超楽しい。せっかく病気から復帰して元気になったので少しでも健康に長生きしたいと思います。

 さて今回はリクエストのあったヴォルヴァドスについて取り上げたいと思います。こちらの神はヘンリー・カットナーという作家さんの手になるものです。イオド(箱庭クトゥルフの動画で大暴れでしたね)、ハイドラ(ダゴンの妻ではない方)あたりは、この講座にお越しの皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。奥様は小説家のC.L.ムーアで、二人で合作をしばしば発表していたそうです。奥様も非常に多作でしかも大人気の作家なのですが、この辺りは本題から外れるので気になった方は調べてみてください。

 日本ではその業績に比して注目度が低く、また作品も未訳のものがポツポツあります。このヴォルヴァドスもそうです。この神に関する作品も、実のところ翻訳されてないものが多く、とにかく資料が少ないのです。リン・カーターがこの神を扱った話も収録した本がとにかく高価で、仕方ないので英語版で輸入してもらっています。船便なので来月到着予定です。


 はい、そうです。日本じゃ手に入らなくても英語なら読めます、買えます。ヘンリー・カットナーは特に大作家なので、電子書籍が充実しています。そこでこの英語版の電子書籍を元に今回は説明を進めていきたいと思います。資料問題もこれで解決という訳です。それでは始めていきましょう。よろしくお願いいたします。


【ヴォルヴァドスとは】


 ヴォルヴァドスがどのような神かについて、まず概要をまとめましょう。

 これについては『Intruder(侵入者)』という作品に以下のような文章があります

「当時、地球には別次元の宇宙から、地球に生きる命の全てを滅ぼさんとする人ならざる怪物的存在が押し寄せていた」

「彼らの到来に伴って、人類を庇護する神々と彼らの庇護対象を付け狙う侵略者との間に、大規模な抗争が勃発した。そしてその一大決戦の最前線に立っていたのは、地球上で最も強く雄々しき神。ベル=ヤルナクの燃え盛るヴォルヴァドスだった」

 このようなニュアンスの文です。そう、なんと人類を守る神だったのです。同じ『Intruder(侵入者)』ではクトゥルーやイグ、イオドもヴォルヴァドスと同じく地球の人々が崇めていた神として扱われています。そしてヴォルヴァドスは地球の神の中でも最強だったと言われています。

 そうです。ヴォルヴァドスはとても強く、人間を守ってくれる神なのです。奇妙な場所に空洞があったり、顔のつくりが目の錯覚を誘い、人間にはうまく認識はできないのですが、その顔にある宇宙の黒ともいうべき瞳には、深い知性を感じ取れるということです。我々人間の意思を越えた正しく宇宙的存在というわけですね。

 そんな知性を感じさせる風貌、そして炎をモチーフとしていることからか、かの神を「灯火を投げかけるもの」「炎を焚きつけるもの」などと呼ぶこともあります。それ以外にも住んでいる場所から「ヤルナクの灰白湾のヴォルヴァドス」、他には「砂を騒がせるもの」「外なる闇にて待つもの」といった呼び方もあります。


【ヴォルヴァドスの力】


 異世界から侵略する魔物を押し返したり、ムノムクアと呼ばれる旧支配者を追い払ったり、最強と呼ばれるだけあって、強い力を持っています。しかし自らを崇める人間に対して――

「Go therefore fearlessly, since god cannot conquer god, but only man who created him.(恐れず行け、神を征するは神にあらず。神を征すは、神を神たらしめし人の身なり)」

 と、告げ自爆まがいの方法で邪悪な存在と戦わせたりもします。まあここでヴォルヴァドスが言う人とは我々ホモサピエンスではなかったようなのですが、ともかく神を信仰する知性体、人と呼べる矮小なものたちに対しても、善くあること、そして全力を尽くすことを求めます。

 例えば、人が自らの愚かさで滅ぶ時、ヴォルヴァドスは人を救いません。『ドルーム=アヴィスタの戯れ』という未訳作品では、研究のしすぎで心を病んでしまった可哀想な大魔導師が賢者の石を作ろうとした結果、ベル=ヤルナクの都を滅ぼしたのですが、この時、ヴォルヴァドスは人々を守りませんでした。

 そもそもベル=ヤルナクの中でも彼を信じているのはその長のみであったと言われています。


【信仰形態】


 ここらへんは人によって考えが違ってくるのですが、私はベル=ヤルナク(元々住んでいた星)とムー(地球)で、少なくとも二つの信仰の拠点があったのではないかと考えています。『侵入者』では地球の司祭が部下と共に最強の神たるヴォルヴァドスに祈りを捧げ力を借り、『魂を喰らうもの』ではベル=ヤルナクの首長のみがヴォルヴァドスを信仰しその知恵を借りて命がけの戦いを挑まされ(そして死に)ます。

 不思議なことに遠く離れた星でしかないムー大陸の地球人の方が神に愛されている節があるんですよね。同じ作者の作品なのに、地球(ムー大陸)とベル=ヤルナクでヴォルヴァドスの扱いがかなり違うんですよ。確かにベル=ヤルナクの人(とでも呼ぶべき知的生命体)はしょうもない自爆で滅ぶのですが、それにしたって地球人(ムー大陸人)は贔屓されています。

 こういう感じの格好いい呪文で呼べますからね、地球人は。


「いあ! らいん たらなく――ベル=ヤルナクに坐すヴォルヴァドスよ! 砂を騒がせるもの! 汝、外なる闇にて待ち構え、無明に灯火を投げかけるもの――んがぁ しゅぐ いあぁ――」


 ベル=ヤルナクの人に対しては邪悪な存在への対処法をささやくだけだったろ! なんで地球人のことはめちゃくちゃ助けてくれるんだよ!? とちょっぴりびっくりでした。ムー大陸人も儀式をしたら助けてくれたし、普通の二十世紀のアメリカ人(前世はムー大陸人)も助けてくれてます。二十世紀のアメリカ人にいたっては自分のミスで地球の危機を招いていたのに、前世の記憶で呪文を唱えただけで助けに来てくれました。旧支配者らしからぬ親切心です。クトゥルフ神話TRPGで言えば「SANチェック回避&精神分析&SAN値回復&シナリオボス退去」ぐらいの手助けしてくれてますからね。すごい。


 そしてこの一定しない描写が扱いの複雑さを招きます。


【旧支配者? 地球の神? 旧神?】


 はい。こういった経緯から、この辺りの定義が非常に曖昧なのがヴォルヴァドスです。クトゥルフ神話TRPGでは旧き神、リン・カーターの『クトゥルー神話の神神』では地球本来の神(あるいは旧支配者)、ヘンリー・カットナーの『侵入者』だと他媒体で旧支配者として扱われるクトゥルー・イグ・イオドと並んでいる点から旧支配者性が強い、となっています。見事にバラバラです。

 元のヘンリー・カットナーの記述が、一定しないことが大きな原因だと考えられます。

 そう、一定しない。逆に、ヘンリー・カットナーの見るクトゥルー神話宇宙の中では、綺麗に纏まっています。地球では最強の神で、地球を狙う侵略者と戦った。本来は別の星に存在している。必死に生きようとするものに力を貸してくれる。そういう神です。旧神、旧支配者、地球本来の神、そういった人間の定義など神は意に介しません。そういうものなのです。だからこそ、自分のシナリオの中で扱うならば、そのあり方は自由であっていいと思います。グラスをどの方向から見るかで目に見える形が変わるように、ヴォルヴァドスをどの方向から見るかで表現が変わる。それだけのことだと思っています。


 そういう意味では、ヴォルヴァドスは可能性の神なんですよね。一柱で様々な側面からとらえられる。そして可能性に挑み続けるものを助ける。こういった神性を出していた辺り、非常に信仰や神というものに対して真摯な作家だったと考えています。後の時代での評価の高さ、クトゥルー神話以外の作品の評価の高さにもつながっていると見るべきでしょう。そういった意味で、日本では取り上げられる回数が少ないのが勿体ないと感じています。ヴォルヴァドスに限らず、ヘンリー・カットナーのクトゥルー神話作品が早く日本でまとめて読める日が来るといいですね。

 

【終わりに】


 電子書籍で英語文献を買って、自力で翻訳してそれを元に紹介と考察を行う。

 初期の未熟な頃の調査のことを考えると、随分遠くまで来ましたね。転職して一気に増えたお金と時間を好きなだけクトゥルー神話につぎ込んでます。僕の好きな漫画の湾岸ミッドナイトで「見返りを求めたら大事なコトは手に入らない。人の気持ちもそして車もだ。かけたコストを車から回収しようとしてもそれは無理だ」ってセリフがあって、これが好きなんですね。ちなみにこのセリフ、先があって、コストそのものは回収できないけど、かけただけの何かが手に入ってるという話につながるんです。そう考えるとコスト遊ばせておくより何かに全力で突っ込んでいく人生やれてる私は幸せなのかもしれません。クトゥルー神話は間違いなく僕の人生を豊かにしてくれています。

 今後も良いものを書いてお出しできれば良いなと思います。


 そして最後にお礼を。リクエストのお陰で今回も楽しいものが書けました。ありがとうございました。


 それでは次回まで、くれぐれも闇からの囁きに耳を傾けぬよう。

 

【宣伝】


 湾岸ミッドナイトがヤンマガWEBで無料公開中(2021/10/01まで)です。

 皆さん読んでください。

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