第四十一回 ケネス・グラントってなぁに?~アレイスター・クロウリーとクトゥルー神話~

【初めに】


 ユダヤ教における神秘的思想“カバラ”。このカバラにおいて宇宙を示す図式こそ“生命の樹”。ユダヤ教から派生したキリスト教の価値観が支配的だった西洋においては、魔術の世界でもこのカバラの影響が強く現れています。特に、アレイスター・クロウリーとその弟子が生み出した魔術Magickと呼ばれるものには様々な点でこのデザインが取り込まれていました。

 そもそもクロウリーは魔術を自らの意思を律してそれを実現する為の哲学・宗教として定義しており、宗教には優れたデザインが欠かせないものです。長い歴史を持ち、様々な研究が行われてきたカバラのデザインや思想は自らの魔術の完成度を高める為にもぴったりだったことでしょう。


 さて、そんなアレイスター・クロウリーの弟子であり、クトゥルー神話と現代魔術の繋がりを主張した魔術師といえばケネス・グラントです。彼はクロウリーの秘書であり、彼の死後はその功績の一部を相続しながら魔術師として活動していました。

 そんな彼の著作や言及は様々な魔術組織に影響を与え、その一部は日本におけるクトゥルー神話絡みの創作(具体的に言うとFGOの水着じゃないアビゲイルの宝具です)にもあらわれています。今回はそんな彼がクロウリーから引き継いで発展させた教義とクトゥルー神話がどのように絡んでいるのかを紹介していきたいと思います。

 本当ならケネス・グラントのカバラ魔術本も欲しかったのですが、十五万円もするので無しです。お家にクーラーつけられる金額ですよこんなん。電子書籍の「H. P. Lovecraft and the Black Magickal Tradition」やケネス・グラントの「アレイスター・クロウリーと甦る秘神」「魔術の復活」、それにクロウリーの「魔術」を参考に進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。


 なお、クトゥルー神話とクロウリーの魔術をクロウリーの弟子がどう絡めているのか早く知りたい!という人は「クロウリーの魔術体系とクトゥルー神話体系の対応について」の部分までスクロールしてください。


 それでは始まり始まり。


【ケネス・グラントの主張】


 まず、彼はすでにクロウリーの打ち立てた白魔術的な手法ではもはや魔術の実現は不可能であり、クロウリーの理想を実現する為には、黒魔術のアプローチを持って人々を解放し人間が本来持ちうる力を与えなければならないと考えていました。そんな中でこれまで注目されていなかった女神やクロウリーが慎重に取り扱っていた性魔術についての言及も増え、その過程でラヴクラフト御大の著作も巻き込まれていった訳です。どちらもキリスト教に飲み込まれ踏み潰された西洋諸国の土着信仰や東洋(特にインド)の宗教を踏まえて思想や作品を組み上げていったものですから、親和性はとても高い。それにラヴクラフト御大がリスペクトしていた作家たち(アーサー・マッケン、アルジャーノン・ブラックウッド)はアレイスター・クロウリーもかつて在籍していた「黄金の夜明け団」という魔術結社に参加していましたし、ラヴクラフトとケネス・グラントは師匠筋が近いととることもできるんですよね。ラヴクラフトは魔術そのものよりも文芸と科学を愛した作家でしたが、そんな彼の作品をケネス・グラントが注目し・愛読するに至ったというのはある意味で自然なことだったのだと思います。

 彼が目指しているのはこの世界に存在する暗黒の先住者との接触、そして人間が持つ力を高め、この世界や人間の人生を豊かにすることです。人生を豊かにする思想哲学(そして宗教的実践)という点においては間違いなくアレイスター・クロウリーの後継であり、また芸術を愛する善意の人ではあります。あるのです。困ったことに。

 我らがラヴクラフト御大もケネス先生的には「達人アデプト」なのだそうです。人間としては事実上の最高位です。創作のモチーフそれそのものよりも、ラヴクラフト御大の作品に存在する思想を高く買っていたのだと推測できますが、このあたりはもう少し後で詳しく語りましょう。


【ケネス・グラントの人となり】


 アレイスター・クロウリーの愛弟子であり、秘書であり、後継者として期待される天才肌だったことは確かです。

 実際、彼も自らこそがクロウリーの理解者、ラヴクラフトの宇宙観に潜んでいた真相を知るものとして(思い込んで)、アレイスター・クロウリーの死後、独自の活動を始めます。規範を重んじ、比較的温和だったアレイスター・クロウリーとは似ても似つかぬ教義・著作を引っさげて、です。もちろんケネスは即追放。独自の教団を立ち上げるに至りました。

 伝統的なアレイスター・クロウリーの思想からはかけ離れたものの、強い影響力を持っているのは事実です。また、紳士的な人格だったとされていますが、過激な著作の内容や魔術戦の経歴などを見ていると、もし紳士的な人格の持ち主でなければとっくに逮捕されるか殺されるかしていたと思います。僕も人間としては好きだし、師匠の目指した高みに至る為には異なる時代背景に合わせて師匠の理念を実現する方法を模索するという考えは好ましいと思いますが、間違いなく危険な人なので、あんまり本とか読んで鵜呑みにしないほうが良いと思います。アレイスター・クロウリー先生は本当に現代社会の基準でも倫理的なことや立派なことを言っている事が多いのですがケネス・グラント先生は癖が強いです。

 ですから、彼の話をクロウリーの思想の系譜、あるいは近代魔術の一般的な考え方、クトゥルー神話の神秘として捉えるのは危険です。

 

【ケネス・グラントとクトゥルー神話】


 グラントは、カバラにおいて世界を表す生命の樹セフィロトの対を為す死の樹クリフォトを重視し、この死の樹クリフォトにカーラと呼ばれる象徴を設定していました。セフィロトの小径のようなものですね。

 またその守護者として神々が設定されているのですが、これらにはクトゥルー神話と関係性を感じさせません。例外として23番目のカーラを割り当てられたマルクノファット(Malkunofat)という存在が示唆されています。このマルクノファットだけはラヴクラフト的な原形質・粘液質ボディなようです。また、水を司る神々との関連も示唆されています。

 カーラにはAmprodias, Baratchial, Gargophias, Dagdagiel, Hemethterith, Uriens, Zamradiel, Characith, Temphioth, Yamatu, Kurgasiax, Lafcursiax, Malkunofat, Niantiel, Saksaksalim, A'ano'nin, Parfaxitas, Tzuflifu, Quliefi, Raflifu, Shalicu, Thantifaxathといった存在が確認されています。このあたりの個別の話は本筋から外れるので一旦やめておきましょう。


 グラントはクトゥルー神話のモチーフというよりもしていました。宇宙観が似ているんですよ。死の樹クリフォトをこの世界の向こう側、外なる宇宙にあるものと定義し、そのアクセスを目的としたグラントにとって、銀の鍵を以て時間空間を超えヨグ=ソトースと触れ合い彼方へと至る物語を書いたラヴクラフトは男だった訳です。

 またラヴクラフトが夢に着目をしていた点についてもグラントは高く評価しており、潜在意識を通じて死の樹クリフォトにアクセスするのは芸術家(クロウリーの定義では芸術とは魔術です)にとってメジャーな手法であり、その深層意識に顕現する死の樹クリフォトからのアクセスがいわゆる「深きものども」なんですね。


 ここからは私なりの解釈なのですがラヴクラフトの作品のクリーチャーはに存在する死の樹クリフォトが人間に理解できるように現れたもので、神々もその一部なんですよ。だからオリジナルの旧支配者を思い描くことで創作者はケネスが言うところの死の樹クリフォトを感じ取ることができるんです。それってとってもマハトマなことだと思いませんか? つまりそういうことです。実際問題としてラヴクラフトはその類まれな創作能力により人々の内に深く己のヴィジョンを刻み込み、人類の歴史と一体化することで限りなく不死に近づいており、ケネス・グラントが達人アデプトと評価するのも無理からぬことではありんですよね。やはり御大は偉大でした。


 二人の思想的な違いとしては、人間を偉大と見るか卑小と見るかでしょう。卑小な人間がそれでもと前に進むラヴクラフト、人間を偉大と考えそれを取り戻そうとするケネス・グラント。どちらも根底には愛があるんだよな……。相容れない部分もありますが、私はそれが嬉しいんですよね。せっかくなら人類愛して生きたいですからね。


【オカルティストたちの語る異説について】


 面白いことに、ケネス・グラントやドナルド・タイソンといったオカルティストたちは現在一般的な通説に比べてかなり大胆なアレンジを施したクトゥルー神話を創作しています。こちらについては流石に長くなってしまうのであまり語れませんが、元気なアザトースや、娘のバーベルゾア、それに王位を簒奪するニャルラトホテプなど、面白い神話が繰り広げられていました。リクエストがあればこのあたりも掘り下げていこうかと思います。

 ラヴクラフトの宇宙とはあまりにかけ離れているような、都合が良すぎて抵抗感を覚えるような気はするのですが、というか別の神話をラヴクラフト風味にして自分の教理に合うように歪めただけでは? と思うのですが、時間に余裕ができたら調べたい面白さもありました。

 気になったかたはぜひ調べて結果を教えて下さい。


【クロウリーの魔術体系とクトゥルー神話体系の対応について】


 ケネス・グラントは師匠であるアレイスター・クロウリーの魔術とクトゥルー神話の要素を対応させる表を作成しています。

 彼に言わせれば、アーサー・マッケン、ブロディ・インズ、アルジャーノン・ブラックウッド、そしてH.P.ラヴクラフトは、蛮名(発音不可能であるが故に凄まじいエネルギーを持つ神々の名前そのもの、クトゥルーの名前とかもこれですね)と不可思議な象徴に溢れた作品世界に読者をいざない、破滅と復活を伴う先祖返りを描写しているという点で、クロウリーの作り上げた魔術世界に著しく類似したものを描いているというのです。

 その内容について紹介してみましょう。


 アル・アジフとエル・ヴェル・レジス。これはどちらも偉大な魔道書であることから。

 大いなる旧き者(グレート・オールド・ワン=旧支配者)と夜の大いなるもの。これはかつて世界を支配した偉大なものという共通項から。

 ヨグ=ソトースとスト=テュフォン。どちらも時間と空間を自在にする上に知識を与えてくれるから。

 ノフ=ケーとコフ=ニア。男性的モチーフの象徴であることから。

 カダス(未知なるカダスに夢を求めて)と荒地ハディトの放浪者(クロウリーの称号)。要はドリームランドの最も大切な土地の周囲には荒野があるので、荒野を放浪するクロウリーは真理に近いという主張です。

 アザトースの周囲で笛を吹くナイアルラトホテップと「孤独の中へと笛の音が入り込んでくる」と著書で述べたクロウリー。これは正直どうかとおもいます。

 シュブ・ニグラスとケプス、恐ろしき神、犬と熊の混血。これもわかりません。

 邪神と共に漂う悪臭とクロウリーの指摘した牧羊神の香り。これも匂いモチーフが同じなだけで牽強付会の印象を受けました。

 ルルイエにて眠る神々と『根源的眠りの中に「夜の大いなるもの」が浸っている』としたクロウリーの発言。どちらも死を超えた眠りの中で長い時を過ごしているから。

 アザトースと水銀アゾート。これは万象に繋がる錬金術の溶媒としての水銀のみならず魔術神トートや無限ヌイトの中心に存在するハディースについても類似性を見出しています。

 無貌の神ニャルラトホテプと頭なき者。頭なき者はクロウリーが好んだ召喚儀式の名前です。高次の自己を召喚する儀式だそうです。

 旧神の印とヌイトの星。旧神の印が刻まれる事が多かった灰色の石は、灰色にヌイトの象徴的な色であることから近いと考えたようです。

 最後にダーレスの書いた『暗黒の儀式』におけるヨグソトースの描写とクロウリーが持つパンタクルのデザインは類似していると指摘していました。


 無理を感じるものもあれば成程と興味を惹かれるものまで様々です。特にダーレスの描写まで引っ張り出すのはめちゃくちゃだと思います。とはいえ、旧支配者と夜の大いなるものの関係性など、否定するには惜しい要素も詰まっており、創作の題材としては実に興味深いものであると思います。ケネス・グラントの時代には資料がしっかり集まらなかったこともあって結びつけ方が甘い点もありますが、このあたりは興味を惹かれるものでもありました。


【最後に】


 最近、彼女と別れたせいか、ケネス・グラントと言いアレイスター・クロウリーと言い女の子とイチャチャイチャイチャイチャイチャしやがって本当に許せません。両先生方はまったく悪くないのですが、俺のこの怒りは沈められません。どうしてくれましょう。

 このたぎる思いを武器にして、今の進みが悪い原稿に向かっていきたいと思います。うまくいったら素敵な仕事になりそうなのですが、いかんせん良いものが書けないとどうしようもありません。少しでもやる気を出したいので応援コメントよろしくおねがいします。

 それでは今日はこのへんで。


 次回までくれぐれも闇からの囁きに耳を傾けぬように。



【宣伝】


 というわけで今回の宣伝です。

 スティーブン・キング先生を意識して超能力系ホラー書きたくなったので挑戦してみました。

 タイトルはそのものずばり「#炎上少女」

 

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426124103365

 

 インターネットでいっぱい呟いたり拡散してくれると俺は嬉しいです。

 超能力者だけが幽霊になる世界で、幽霊退治をするお話です。よろしくおねがいします。

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