第三十九回 クロウリングケイオスってなぁに?③~魔術・魔導書の小ネタ・CRCからクトゥルフに触れた人向けの資料~
【初めに】
小休止おしまいです。さてついにやってきましたよワクワク魔術コーナー。ここもダブルクロスとCOCのネタが混在していてかなり面白いことになっております。腕によりをかけてご紹介していきたいと思います。
魔術、データ的は扱いづらいものが大半です。そもそも超人であり邪神の因子を内側に秘め手足の如く異能を扱うオーヴァードからすればわざわざ魔術なんてリスキーなものに頼る必要が無いんですから。逆に非オーヴァードから見れば、生まれ持った魔術素養なんてぶっちぎってレネゲイドの力で魔術を使えるオーヴァードたちが、化け物にしか見えません。
そもそも魔術なんて基本的に割に合わないものです。そういう意味ではCOCにおける魔術の扱いに対して誠実なデータ作りになっており、好きなデータたちです。リスクを踏まえてPCに持たせても良し、NPCやボスとしてバンバカ使わせても良し、ネタも踏まえてぜひ楽しく使ってみてください。
それでは始まり始まり。
【術式】
・アストラル投射
なんのことはない幽体離脱とそれに伴う諜報魔術に見えますが、これがクトゥルー神話世界だとなかなか面白いネタになるんですよね。ヘンリー・カットナーの「ハイドラ」です。この話では『魂の射出』と呼ばれる魔導書(小冊子)が登場して、そこには遠い世界へ幽体で飛び出す方法が書いてあるんですよ。これが実は罠で、その本の通りに幽体離脱するとヒュドラと呼ばれる邪神への生贄になって脳を吸われてしまいます。
なおこのヒュドラ、父なるダゴン・母なるハイドラのハイドラとは縁のない邪神です。犠牲者の首が大量に並ぶ姿をイメージしたのかも知れません。もし私が信者なら、誤認目的で紛らわしい名前で呼び習わして探索者の妨害を回避しようとするかもしれません。こういった紛らわしい名前になった経緯ですが、「ハイドラ」が書かれた当時は、クトゥルー神話を愛好して執筆する者同士でも互いに完璧に情報を共有できる時代ではなかったので、ダゴンの連れ添いとしてハイドラという名前の神を設定してしまった人が居たんですよ。この設定がTRPGなどを通して大受けしたので、アストラル投射の方に関わるハイドラの扱いはしばらく影が薄かったり……。
ともかく、この魔術にからめて『魂の射出』やハイドラをシナリオで扱ってみるとお手軽にコアなネタを楽しめるので面白いよ、という紹介でした。
・イブン=グハジの粉
FGOでもセイレムあたりで見たことがあるかも知れません。不可視のものを見えるようにする魔法の粉です。こちらはシナリオギミックとして有効です。このアイテムが最初に出てきた「ダンウィッチの怪」では、透明なまま村を荒らす怪物に対して使用されました。
なにせ見えないと魔術で追い払うことも出来ないわけですから、非常に重要なアイテムです。小ネタですが、デモンベインの扱う拳銃の弾薬にも使われています。力を借りる神の実体化が目的だそうです。この粉の製作を習得しているPCは、自分の扱う銃に邪神の力を現世に映し出す目的で使っているなんて言っても格好いいかも知れません。
・ヴールの印
一般的にはヴーアの印と呼ばれています。こちらもダンウィッチの怪で活躍しています。不可視の存在を一時的に見通す力を与えてくれます。アーサー・マッケンの白魔で出た用語をラヴクラフトが参考にしたとされています。ラヴクラフトの作品は様々な先行作家のアイディアを元に作られているので、こういった作中の神話的用語が実は別の作家に由来するものだったということがしばしば起きます。
有名なのはクロウリングケイオスでも紹介されいてるハスターです。そもそもハスターの元になった神はラヴクラフトが作ったものではないのです。細かいことはこの講座のハスターの項目で説明しておりますので、良ければご確認ください。
・エルダー・サイン
安心と信頼の旧神の印。ゲーム的都合とは言え、邪神相手に最低1ラウンドの侵入阻害ができるとは、大した性能ですよこいつは。一般神話生物ならまだしも上位の神にはまるで効かないみたいな扱いをされることも珍しくはないのですが、かなり頑張ってくれています。
魔術を覚えさせたいけど、どれを覚えればいいかわからないという時はこいつがおすすめです。これを学んでいるだけで「邪神の魔の手からこの世界を守ろうとしている存在」という印象を与えることができます。とはいえ、この魔術を使えるからと言って必ずしも信用できるわけではなく、ニャルラトホテプの化身がしれっとエルダー・サインでみなさんを守った後に最悪のタイミングで裏切ってくるとかある世の中なので……。神話世界は地獄だぜ!
・黄金の蜂蜜酒
こちらも安心と信頼の
クトゥルー神話の世界は諸説で満ちているので、みなさんが卓で運用する場合はルルブの記述を最優先にしつつ、それぞれの卓の“クトゥルフ神話RPG”や“ダブルクロス”の世界に合わせて好きな説を採用すると豊かな卓ライフになるかと思われます。
・朽ち果てる肉体
これは個人的な推測なのですが、この呪文は萎縮、手足の萎縮、腐った外皮の呪い、といった直接相手に危害を加える系統のクトゥルフ神話TRPGの呪文をオマージュしているのではないかと考えています。
どんな相手でも直接耐久力ゴリッと削れるという点で、萎縮系統の呪文は大変強力なのですが、COCのPCが使うにはなにぶん重い。ならばオーヴァードが使えば強いのでは!? というのはダブルクロス×COCを考える上では重要な指摘です。
ダメージ効率はd10で結構勢いよく増えていくのですが、問題はダイス増やして出目を良くしようとするとバックファイアのリスクが跳ね上がるので、リスク・リターンが全く見合いません。オーヴァードの力があるならわざわざ火力握らなくて良いって話に戻ってきますね。
【魔導書】
・アル・アジフ
安心と信頼の最強魔導書ネクロノミコン。このクロウリングケイオスシリーズでも変わらず登場です。アル・アジフは、そのネクロノミコンの元になった本で、アブドゥル・アルハザードによって書かれました。 アラビア語で書かれたのがアルアジフで、それを元にギリシャ語に、そして各国語に翻訳されたものネクロノミコンという関係ですね。
何度も禁書として封印・回収・焚書を食らっていますが、どこからともなく写本や様々な翻訳版のネクロノミコンが現れて、事件のきっかけになっています。尻込みせずに気軽に使ってみてくださいね。
・階差機関の可能性
スチームパンクですよ。桜井光先生のスチームパンクシリーズネタです。チクタクマンが呼べるのも単純な機械繋がりという以上の美味しさがありますよね。
クトゥルー神話とスチームパンク、というよりもクトゥルー神話と超技術をテーマにしたSFは非常に相性が良く、しかも平行世界ネタが扱いやすいパラレルワールド設定のクロウリングケイオスでは、様々なシナリオフックにできると思います。
本筋から外れるのでここでは省略しますが、エイダ・バイロンも史実でシナリオフックにできる要素が特盛なので是非是非チェックしてください。
・屍食教典儀
ダレット伯爵が著した人肉食にまつわる儀式の方法をまとめた魔術書とされています。内容に関する言及は元の小説でもそこまでないのですが、クトゥルフ神話TRPGでは降霊術、食人、屍姦を行うカルトについて纏めた本とされています。
ダレット伯爵という名前ですが、これはこの本を自作に出したロバート・ブロックが、オーガスト・ダーレスのご先祖様をモチーフにしたものです。ラヴクラフト御大も交えてお手紙でこのあたり相談していたそうです。
身内をネタに使うときはちゃんと許可をとりましょう。
・髑髏三昧経
立川流と呼ばれる真言密教の流派があります。怪しい教団と混同される風評被害で潰されちゃったのですが、この怪しい教団が髑髏を本尊として崇めたり性的な儀式を行うカルトだったみたいで、その後の創作でも立川流といえば怪しい儀式のイメージが強くなってしまいました。クトゥルー神話を取り扱った小説で朝松健の「『夜刀浦領』異聞」の中でも触れられますし、クトゥルフ神話TRPGの有名シナリオ「黄昏の天使」でも立川流使いが出てくるそうです。
卓の中で同意が得られたらこのあたりをフックに攻めるのも面白いんじゃないかと思います。
・未完成年代記
これについては疑問があって「なぜ光の巨人の話をしたのか」なんですよね。クトゥルフ神話の旧神関係の光の巨人といえば星の戦士、そして日本ではウルトラマンと絡めて語られることが多い。これが何故かロシアで書かれているのが不思議なんですよね。
無論、冷戦期のロシアは神話的真実についての研究も盛んに行っていたのですが、帝政ロシアの末期に書かれているんですよね。これは本当に分からん。この本に関しては知っている方居たら教えてほしいです。なんで光の巨人をこの本に……ウルトラマンクロニクルとかそういうネタじゃないだろうし……。
・真・レ・サンチュリ
ダブルクロスのリプレイ・トワイライトという作品に登場する予言書です。ノストラダムス、真実の大予言! って感じで持ち主に未来を示してくれるすごいやつです。このリプレイではPCの一人が予言書に導かれたマジカル大怪盗としてナチスの邪悪な陰謀に立ち向かっていました。
そんな本がクトゥルー神話系の魔導書にカウントされちゃったので、今、私はそのPCのSAN値が非常に心配です。狂気の中に落ちて正気の世界に背中を向けたりしたのではないか……。
年表の中にリプレイトワイライトのに出てくる他のPCの名前が出ていたことから、特に、非常に、どうなったかが気になって仕方ないんですよね。闇の大魔導師として、通常ステージのそれとは全く違う組織を樹立させていたら……と思うと非常に不安です……俺が大好きなキャラなので……。
COCから入ってきた人は特に心配しなくても、リプレイネタだと思って納得してください。
・ブースロイド文書
リプレイネタです。ダブルクロスにはリプレイ・トワイライトという名作があって……(二度目)。
はい、そんな訳でMI6に所属する少年エージェントが成長するに従って様々な敵性組織と戦いながら実地で集めた情報のまとめです。
こちらもリプレイのPCがネタ元ですが、あのPCが更に危険な邪神との戦いに身を投じているのかと思うと俺は心配ではならないです……。とはいえ、MI6の敏腕天才少年エージェントとして立派に戦って長生きして孫にも恵まれた男がそう易易と倒れる訳が無いのは分かっているので俺はブースロイド少年を信じますよ。じゃあギヨーム(真・レ・サンチュリの所有PC)も信じろと言われるかもしれませんが、逆にリプレイ読んだ方なら「あのリプレイでの物語でなにかの歯車がずれたif」次第でギヨームが邪教の側に迷い込む可能性考えませんか? ブースロイド少年は元から臆病なりにやる時は絶対にやる子供でしたが、ギヨームはちょくちょく酒に溺れたり瞬間瞬間を生きてたじゃないですか! 違う! 俺がギヨーム好きだから闇落ちバージョン見たいとかそういう理屈じゃない! 本当なんだ!
アマゾンキンドルで好評発売中ですので、ぜひともダブルクロス2nd・3rdの「リプレイトワイライト」、ご購入ください。
【おすすめ資料】
執筆中にダブルクロスから読んでくださった方からおすすめのクトゥルー神話資料を紹介して欲しいというお声があったのでこちらで紹介したいと思います。ビジュアルで邪神が見られるもの、神話生物の出典での活躍が見られるもの、というリクエストだったので、この二冊を紹介したいと思います。
・「ゲームシナリオのためのクトゥルー神話事典 知っておきたい邪神・禁書・お約束110」 著:森瀬 繚
まずはこの一冊。この一冊を持っておけば間違いはありません。クトゥルー神話は作品や作者によって同じ用語でも内容が微妙に違ったり、ハイドラのような紛らわしい用語が発生したりします。クロウリングケイオスでもロイガーノスはだいぶ紛らわしい存在だったりします。そういう紛らわしい状況について歴史背景などを紹介しつつ比較検討を加え、現在の日本、そして世界基準で「概ね一般的とされる邪神像」や「これまで存在した勘違い」について教えてくれる最高の一冊です。
まずはこれ一冊を持って読んでおけば初めての方は間違いありません。更に一歩踏み出したい方には朱鷺田祐介先生の「クトゥルフ神話ガイドブック」や東雅夫先生の「クトゥルー神話大事典」などをオススメしますが、まずはこの一冊から始めるのが安心安全です。今紹介した二冊も含め、ぜひとも全部買ってみてください。
・「新訳クトゥルー神話コレクション」 翻訳:森瀬 繚
次にこのシリーズ。ラヴクラフト先生の作品をおさえましょう。クトゥルー神話は様々な方向に発展していって、それぞれに傾向や好みや解釈が分かれています。その全てを趣味として網羅するのはあまりに大変です。しかし、ラヴクラフト御大の作品をおさえておけば、TRPGでネタとして使用する分には十分な知識を得られます。また、作品の雰囲気としても大本にあたるので、ここの空気感を知っておけば大きく外れることはありません。それになにより、今をときめくメジャーどころはだいたいラヴクラフト先生が出してくださっています。もちろんC.A.スミスやオーガスト・ダーレス、ラムジー・キャンベル、ブライアン・ラムレイ、ロバート・ブレイク、朝松健といった大御所の先生方が加えた邪神の存在も、ここではあげきれない数多くの先生方の邪神も、魅力的な存在は多いです。でもそこらへん掘り下げられるならもう自分で本探してますからね。
あとこのシリーズは訳が良い! とっても良い! 自分で翻訳のお仕事をするようになってきて分かったのですが、やっぱ森瀬先生の訳は手間暇かかっていてプロのお仕事ってのがビンビン伝わってきます。翻訳って元の書籍が書かれた文化圏に対する知識も必要なんですね。そうじゃないと細かい言い回しや描写に対して理解が及ばず、誤った訳をしたり、作者が意図した作品の面白さが伝わらないなんて事態が簡単に発生してしまいます。その知識の集積に置いて森瀬先生はやはり圧倒的で、この本には大量の訳注がついています。ラヴクラフト御大の作品を読みながらクトゥルー神話の背景にも詳しくなれるというとてもお得な一冊なのです。
しかもアマゾンキンドルで半額キャンペーンを行っている(2021/04/30現在)ので、これはもう買わない手はない! 星の智慧と神話世界に浸る安らぎを今あなたの手に! リーズナブルなお値段で販売中! 是非チェックしてください。
なお、もうすぐ森瀬先生の手による翻訳本“グラーキの黙示”が発売されます! COCで取り上げられた非ラヴクラフト由来の有名邪神に関する未邦訳短編が大量掲載です! みんなも買おう! 読もう! クラウドファンディングは無事成功して刊行決定してますから!
【小休止】
おすすめ本の話ができた時点でもう今回の特集の目的は八割達成出来たと言っても過言ではありません。みんなも買おう「グラーキの黙示(仮)」。あと良ければ『叛徒たちの海 —生意気娘號の叛乱—』もこちらから買ってください。頑張って翻訳しました。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca27/728/
海外の本の翻訳は本当に面白くて、自分の好きな作家の時代や文化について理解を深めつつ、国や時代が変わっても変わらぬ人間の感情がそこにあると感じることができるんですよね。初めて源氏物語や古今和歌集を読んだ時のような「人間の感性ってそんなに変わらないな」って思いをまた味わうことが出来ました。
変わるのは倫理や規範、社会情勢であって、それを受けて生じる人間の感情というのはそう大きく変わらないんだと思います。
しかしそんな思いを捻じ曲げるのがレネゲイドの衝動です。やっぱレネゲイドウイルスはろくでもねえな! みなさんもうっかりオーヴァードになったときには気をつけてください。絆を忘れず、人間としての感情を保ち続けるようにしましょう。
それでは次回までくれぐれも内なる衝動に飲み込まれぬように。
小休止です! ウマ娘しつつ積んでいた本を読みまくってきます! ゴルシウィークの始まりだ! さあ次回は経験点300点以内でクロウリングケイオスの邪神をボコる方法論について話すよ!
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