第二十四回 遺伝子とクトゥルー神話①【応用編】(異次元の色彩)

【初めに】


 最初に言っておかなければいけないことがあります。ぶっちゃけタイトル『畸形とクトゥルー神話』にしたかったんですが私には倫理観があるので、様々な歴史を踏まえた上で非常に繊細な題材であることを踏まえ、こちらのタイトルにしました。

 しかしながら『所属する生物種の一般的な身体的特徴から離れた個体』とか、『所属する文化の中で明らかに異常があると判断される個体の扱い』とか、題材としては切っても切れないものでもあります。

 しばしばフィクションにおいて『この作品は現実に存在する個人・団体とは一切関係ありません』などという便利な文言が使われますが、これはエッセイ・ノンフィクションであり『この作品は現実に存在する遺伝子の変異や病気とクトゥルー神話に大いに関係があります』ので、今から繊細な話題に触れる可能性もあります。

 今のような話が苦手な方やそういった話題に嫌悪感がある方はブラウザバックをしてください。今回は単位の算定と関係ないものにしているので大丈夫、大丈夫だよ。

 あと初めてでもよく分かるとか言ってますが書いてみて分かったけど今回はちょっと『初めてでも分かる』って雰囲気じゃないので、せっかくだから複雑な話もしちゃいます。科学と信仰の話をするとしよう。大丈夫、6000文字で頑張って収める。


 は~い。じゃあクトゥ講の課外授業始めるよ~。


【ラヴクラフトと遺伝子】


 H.P.ラヴクラフトの父親が神経症で入院した話とお母さんが情緒不安定だった話は飛ばしますね! もうここまで来た受講生の皆さんなら知ってますよね! 初めてでもよく分かると名乗っているけど、今回は主題じゃないからやりません。

 神経症、なんだよ神経症って思いますね。思いましたね。そう、かつて神経症と呼ばれた症状は現代において細分化されておりまして、全般性不安障害・パニック障害・強迫性障害などなど色々な症状があるんですよね。ラヴクラフトがどの症状だったのか薬剤師なので推測はできるんですが医師ではないので断定はしません。症状と薬と問診から患者さんの病態を推測して、それが適切か判断するのも薬剤師の仕事なんですよ。


 ここから本題。ラヴクラフトが作中でダンウィッチやインスマスで描いた混血の恐怖。人間が人間でないものと交わる中で発生する異常な血を持つ異常な人間。異次元の色彩で描かれた畸形化した生物。こういったものとラヴクラフト自身の家族に多発した神経症や情緒不安定には関係があるのではないかとしばしば言われます。じゃあここで考えてみましょう。ぶっちゃけ狂気を発する血なんてあるの?

 そうですね。あると思えばあります。無いと思えば無いです。何を言っているんだ貴様は。そう思ったことでしょう。なんだか禅問答みたいですね。第二十三回で「病原体は世界に確として存在しますが、そこに病気という概念を見出すのは人間なのです」という話をしましたね。それと同じです。高度な学問は宗教に漸近します。

「精神疾患の発症に関係する遺伝子はこの世界に存在しますが、そこに狂気を発する血統という概念を見出すのは人間です」

 難しくて面倒な話ですね。

 ラヴクラフトも悩まされた神経症、今で言う精神疾患には遺伝子も当然関わっており、文部科学省の脳科学研究戦略推進プログラムの「うつ病等研究チーム」などがそこらへんグイグイ解析しています。それだけじゃなくて勿論色々な大学の研究室でも扱っています。ただ関係していると言っても、2018年の時点で260個くらい関係している遺伝子が見つかってて、それの関係の強さもまだハッキリしていません。ただし「この遺伝子があったら即アウト! もう絶対に精神疾患を発症します!」みたいなものは聞いたことがありません。少なくとも大学時代に精神疾患治療薬の研究をしてた頃には聞いたことないです。まあ不勉強な駄目学生だったので単純に知らないだけの可能性もあるので、もしあったら教えて下さい。知的障害等を引き起こす遺伝子変異の中で遺伝するタイプのものはあるんですけど、珍しいタイプですし、今回のラヴクラフトの神経症とは無関係な話ですから置いときます。ともかくラヴクラフトが自らの血に怯えたとしても、それはあながち無根拠な妄想でもなんでもなく、本当に恐怖するに足る理由はあったんです。


 あと本当に酷い話なんですがそういう遺伝子を保持していたと推測されると言っても、それが結局のところ生存競争で有利に働いていた可能性は高いんですよね。精神疾患に関連する遺伝子がある種の注意深さや想像力に良い影響を与えることは当然あります。パラケルスス先生が「毒か薬かは投与量が決める」と言ったように、一見すれば不利な特徴を齎す遺伝子だって有利に働く場合もあり、逆もある。アフリカにおける鎌状赤血球なんか良い例ですね。これは血球の話なので分かりやすい。脳神経にも似たような現象が起きているという話です。仮に精神疾患を発しやすい家系だったとしても父方や母方の先祖たちはそれを上手く使って社会的地位を築き上げたし、ラヴクラフト自身も永遠に語り継がれる大量の名作を生み出した。

 遺伝子は理屈として人間の振る舞いや姿かたちを規定しますが、同時にその振る舞いから価値を創出するのは人間の文化です。なので最初に話した「あると思えばあります。無いと思えば無いです。」になる訳ですね。


 なので変わった特徴を持っていて、たまたま現代社会に適合が難しかったり、文化の中で排斥される存在であったとしても、それが劣っていたり悪だったりするかと言えばそんなことはありません。それを決めるのは僕であったり、この文章を読む貴方であったりするのです。これもまた儒ですね。


【異次元の色彩~The Color Out of Space~】


 遺伝子の変異はそう都合よくいかないぞって話です。


 僕の中でベスト・オブ・御大になっている作品の一つです。神殿とインスマウスの影も含めて三大ベスト・オブ・御大です。この名作を評価できなかったあの時代のアメリカの読者低レベルデース! というジョークはさておき、ラジウムガールズの問題が騒がれ始めた頃のアメリカで、可視光以外の光を放っているのに何故か発光が見えてしまう宇宙生物によって生命体が畸形化していく話をパルプ誌でやるのはあまりに高度すぎるんですよね。商売っ気が無いというかなんというか。

 でもその結果として現代の我々がかの名作に触れられるので、人間の価値判断の無価値さと無意味さと価値と意義を同時に楽しめますね。生に意味などないかもしれないですが意味を与えるかもしれないし、答えなど人生の何処にも無いが人生の外で与えられるかもしれない。これは私の信仰するニャルラトホテプ様の教えの一部です。皆さんも是非どうぞ。


 この異次元の色彩は動植物に異変を齎します。巨大化したり、本来存在しない器官が発生したり、そもそも全身が溶けたり皮膚の色が変わって発光したり、色々です。放射線をモチーフにしており、それに伴う遺伝子異常が云々みたいな話をされることが多いですが、放射線はそんな都合よくないんですよね。手塚治虫も原子力発電所で小鳥たちが軍拡競争やる話を書いてましたね。あれも相当都合が良い。生き物に放射線浴びせてもそんなモンスターパニックみたいにでかくなったりせずに普通に死にますよ。その理屈をこれから説明しましょう。

 遺伝子はDNA、即ち核酸(糖+リン酸+塩基性物質)の連なりによって発生する鎖です。これがどのようなタンパク質を合成するか規定し、人体がタンパク質を合成し、人体を形成します。いわゆる人体の設計図です。放射線をぶち当てるとこの設計図が壊れます。設計図の一部が消失して、無理やりつなぎ合わせたり、そもそも読み込めなくなります。当然生産されるタンパク質も変化しますし、それどころか生産されなくなることも多いです。身体が作れなくなるので死にます。シンプルですね。

 何処の設計図をどうやって吹き飛ばすか、そしてその為にどうやって放射線を当てるか、そこらへんを丁寧に制御して初めて異次元の色彩が動植物に起こした変異が理屈で語ることができるんですね。勘違いされがちですが魔術は科学に漸近するので理屈で語ることは可能です。理屈で論じようとしないのはただの怠慢です。人間の知能で語れることには限界があるからって、最初から考えもしないようでは神は微笑みません。

 制御できるのかって話ですが、できます。ジャガイモから芽が生えないように加工するのには放射線が使えます。がん細胞を殺す為に使うこともできます。また、生物の巨大化が目的であれば魚なんかは卵の時の温度調整で生殖能力と引き換えに巨大化させることも可能です。当然ですがジャガイモも魚も食用に使います。食べても害なんかありません。ここで重要なのは本来持っていた機能を破壊することで望む結果を得ているということです。放射線で機能を追加するのは難しいのです。


 さて、じゃあ前提と鳴る話が終わったところで異次元の色彩が何をやっているのか、世界を明かす神秘こと錬金術の末裔たる医学的見地と薬学的見地から解体していきましょう。

 異次元の色彩は「宿主の遺伝子と行動を改変する光型の寄生生物」として理解することができます。光が生きているなんてことあるか、そう思うかもしれないですがそこは神々の領域から来ている存在なので考えるだけ無駄ですね。

 人間が見ることのできる光の波長には限界があります。その波長の範囲に収まるものを、人間は可視光と呼びます。異次元の色彩は、これまでに人間が見たことも無い色を見せます。これは何をやっているのかと言うと人間の色覚を拡張しているor人間に把握しきれない働きかけをした結果として脳内に異常色彩の像を結んでいるという話になります。私は視認した瞬間に体内に寄生し、人間の色覚をいじることでマーキングをしていると考えています。何故見えるようにするかと言うと、見える人間は見てしまうので、さらなる異次元の色彩を体内に呼び込みやすいんですね。カタツムリに寄生するある種の寄生虫がカタツムリの行動を支配して鳥に乗り移ろうとするように、異次元の色彩は異次元の色彩を呼ぶ為に人間の色覚を改変します。そして観測されることで寄生します。観測と共に寄生して、寄生する量を増やしていきます。人間や動植物に寄生する時期、寄生した光が一定量に達して体内で光源のようなものを作る時期、捕食を行う時期、生殖を行う時期というサイクルがあります。一度体内で光源を作られるとそれが次々に周囲を照らすので観測個体が発生した生物集団は詰みます。観測した個体を即座に殺してコンクリ詰めにでもしてロケットで宇宙に打ち上げるのが最適解です。あれはアメリカの片田舎で発生した案件だからあの程度で済んだのであって、都市部の真ん中に隕石(光源)が落ちた場合、相当厄介なタイプの感染症めいた振る舞いをしていた可能性がありますね。

 光源化する時期と捕食時期と生殖時期にずれが発生する原因ですが、これはそれこそ感染症と同じ挙動で、広がるのに都合が良いからです。一定量の光の照射・観測で光源化するなら、捕食まで少し時間をあけて周囲の生物にも寄生した方が良いに決まっている。とはいえ、光源の本体である隕石からあんまり離れると、捕食した分を本体に還元できず、本体の生殖に寄与できなくなるので、増殖できる範囲には制限があるのかもしれません。それを超えた光源だけが異次元の色彩として宇宙を飛び交うことができるのかもしれません。都市部に落ちた場合はめちゃくちゃ増えて本体以外の光源が本体化した可能性もありますね。地獄じゃねえか。

 分かりにくかったと思うので補足説明をすると、本体となる異次元の色彩と餌をとってくる異次元の色彩が居て、本体が捕食と生殖をやる為に、周囲の動植物から餌をとってくる異次元の色彩が捕食と生殖を繰り返しているというのが仮説です。

 本体が捕食と生殖をやると、本体周囲の寄生された動植物が一気に吸い殺されて死にます。そして本体は新しい光源を宇宙空間に打ち上げて次に狙う星を探します。ろくなもんじゃねえな。

 光ってエネルギーを放射することで生物の有り様を改変していくのは、人間が扱う放射線技術と同じなんですが、人間のそれを遥かに上回る精密さです。構造の全く違う動植物の遺伝子を片っ端から同じように書き換えているので、恐らく遺伝子構造を理解してどのように自らの存在を組み込めば良いか理解する知性があるのではないかなと思っています。今まで知らない動植物の生態を理解して遺伝子を組み替えるだけの能力がありますからね。本当にろくなもんじゃない。


 以上が僕の仮説です。多分この仮説に基づいた話を書くだけで相当(僕は)楽しいんですが! 今闘病中でそんな体力は無いので勘弁してください! 元気になったらこういう話をする為の短編をやるかもしれません!


 なおここらへんの考察は原典たる異次元の色彩だけではなく、ドラゴンコミックスエイジから出版された海法紀光先生の『死もまた死するものなれば』において描写された異次元の色彩の変種の挙動から着想しました。変種がああいう挙動するなら、原種の挙動はこうである可能性が推測できるみたいな付け焼き刃の【生物学】ロールです。生物学は専門家じゃないから……。最高な作品なので皆さんも「死もまた死するものなれば」を買いましょう。


【最後に】


 まずは『死もまた死するものなれば』の話をするんですが

「超自然的現象も殺人もどんな異常な出来事でも全て受け入れられる」

「なにそれ!?」

「――狂信者カルティスト

 という一節があるんですよ。この世界に起きた出来事を理屈づけて紐解くのが科学なんですが、何を受け入れて何を受け入れないかを線引できないとその姿勢は狂信者カルティストに漸近していくんですよね。なので人間が人間である為に、というより狂信者カルティストにならない為に、どんなに理屈が通っていても俺は嫌だと言える一線を心に持っておくのが大事なんじゃないかなあと思った次第です。まあ神々を直視したらそんなものも吹き飛ぶ可能性高いですけどね。儚きは夢、人の夢、神の夢、僕はニャル信仰なので儚くないものの存在を認めたくないですね。とにかく『死もまた死するものなれば』は面白いからみんな買って読んでくれよな!


 そしてごめんなさい。ラヴクラフト御大の血筋と遺伝子、そして異次元の色彩の生態の仮説の話をやったら余裕の五千文字突破です。インスマウス面は次回やります。クトゥルフ2010でやってた話を下敷きにして語ります。

 次回また会う時までにくれぐれも闇からの囁きに耳を傾けないように。

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