前のエピソード――第二十四回　遺伝子とクトゥルー神話①【応用編】（異次元の色彩）

【初めに】

　母の日。皆様にご利用いただいたお陰で、良い感じのプレゼントが買えそうです。仕事に出られず医療保険の休職お見舞い金の支給もまだすこし時間が掛かりそうなこの時期にカクヨムからの広告収入はありがたいですね。そんな事を言っていたら「その予算を数年分くらい貯めて旅行とか豪華ディナーを楽しみたい」と母親から言われてしまいました。まあ……確かに……分かるが。分かるし正しいと思うけどそういうところですよ母さん。記念なんだからチャージとかそういうのしちゃうと記念気分が不完全燃焼になるでしょう母さん。送る側の気持ちを考えてください母さん。まあ親子だし良いよね、そこら辺はぶっちゃけで。

　さて今日は母の日記念ということで最悪母親クトゥルー神話短編も楽しめる現代物クトゥルー神話短編集『ラヴクラフトの怪物たち』を紹介していこうと思います。現代ものといっても、やはり2020年からすると随分過去に感じる年代物の名作もあります。歴史における現代史（1919年からじゃないのとか1989年からにすべきではとか色々言われる）みたいな感覚で捉えてください。

　それではインスマス面の話をやる前の箸休めとして気軽に楽しんでいってね！

【ラヴクラフトの怪物たち】

　現代クトゥルー創作のお手本とも言うべき作品集が詰め込まれています。現代を舞台にするならこういうネタやっていいし、これくらい自由度はあって良いよねという基準を知る為に、ぜひとも一度読んでみてはいかがでしょうか。

　貴方は神話創作者かもしれないし、KPかもしれないし、PLかもしれないし、神話作品を読むのが好きな人かもしれません。ただ多くの場合は日本語話者でしょう。海外の現代クトゥルーを優れた和訳で読む機会はそう多くない筈です。良いモチーフになると思います。できればこのままこういう作品をやるんじゃなくて、こういう作品を下敷きとして何をするか考えることができると良いですよ。

　僕のクトゥルフ神話講座も英語訳と中国語訳が準備されつつあると噂される昨今ですが、翻訳コンテンツ需要は全世界的に高まっております。楽しみですね。多分市場規模と需要を鑑みて中国版から先にリリースになると思います。英語圏の方はもうそこら辺大分整備されてるじゃん？　必要になるのは多分考察部分くらいですよ。

　上下巻で刊行されておりますので、両方から二つずつオススメの作品を紹介していきたいと思います。

【ともに海の深みへ】

　この本の解説で東雅夫先生がまっさきに触れてらっしゃったので「やっぱそうですよね！？」と感動してしまいました。これなんですよ。これが強いんですよ。仕事熱心で愛情深いお母さんが主人公の最悪母親物語です。

　このお話、著者のブライアン・ホッジ先生がラヴクラフト御大の名作“インスマスの影”の続編を意識してお書きになったものなんですよ。あらすじは以下のようになっています。

　インスマスの影で描かれた事件の後、アメリカ政府の介入によってインスマスから消え去った筈の深きものども。しかし彼らは米軍の収容所に囚われていた！　100年にも及ぼうかという沈黙を破るべく研究の為に連れてこられたのは著名な動物学者であり、動物と心を通じ合わせる異能を持つ主人公！　彼女は深きものどもとの対話を試みる中で、心を深淵にとらわれてしまう！　嵐の夜、呼び覚まされし深淵の力と収容所を襲う惨劇を前に彼女がとった行動とは！

　全力でネタバレを回避しながら楽しい話なんだと伝えようとした結果、アクション映画みたいになっていますが、終盤までは緊張感を伴いながらも落ち着いた筆致で描かれる作品です。

　どんなに崇高な精神や優しさを持つ人間であっても、神話的存在の放つ狂気を前にすればあっけなく壊れてしまう恐怖。そして大いなる自然の仮面を被って現れる巨大な力の奔流、神の意思。醜くも強固なこの世界を貫く命の脈動。そういうものが一人の人間の視点で描かれ、一人の人間の完全な終わりと共に幕を閉じる物語です。一読の価値ありです。あのあとあの母子どうなったんだろうとっても興奮するよ！

　ゴジラキングオブモンスターズが好きな人には特にオススメ！　名作です！

【三時十五分前】

　翻訳からして様々な歌の引用をしている形跡が見て取られ、本書の解説でもはっきりと「翻訳者泣かせ」と明言されている一本です。『共に海の深みへ』が神話的存在のろくでもなさを全面に押し出した破滅の物語だとすると、こちらは神話的存在の恐怖を前にしてなお捨てられない人間性で破滅していく物語なんですよね。とても味わい深い。とても端的に説明すると一度は別れた女性を迎えに行く物語なんですね。二人共決してこれまでに幸せじゃない生き方をしているだろうし、そんな中でも出会ってしまった男女だし、この先だって一緒に居ても決して幸せになれないし、かといってその場所以外に幸せなんてあるのかって言えばあるかもしれないけど想像もできない中で、共に深遠に落ちていくカップリングなんですね。とてもアツいと思いませんか？　様々な楽曲の歌詞引用で、舞台の雰囲気を作りながら同時に二人の関係性を想像させ、彼らが間違いなく人間であることを示した後、もうどうしようもなく化け物なこともしっかり描写で見せてくるんですよね。そしてクライマックスで流れる『One For My Baby』からの小粋なサゲには思わずやられた～！　ってニヤニヤしてしまうこと請け合いです。

　複数の物語が同時に並行して語られる短編なのでめちゃくちゃオシャレで面白くて美しくて胸に迫るんですが、こういうタイプの面白さって達人の超絶技巧でありなおかつwebで同じことやるのがとにかく難しいしそれを魅力にしていきなり読む人を引っ張れるものでもないので憧れながらも悩まされる話です。作者がドラキュラ紀元を書いたすげー人なのですが、そのすげー技巧がぎゅっと詰め込まれていて最高です。二周、三周と読んでみてください。

【昏い世界を極から極へ】

　それでは続いて下巻のピックアップ。

　ドラキュラの次はフランケンシュタインです。フランケンシュタイン！？　クトゥルー神話と関係あるんですか！？　そんなことを思う方もいるかもしれません。ここらへんタイトルにハッキリ書いてあるんですが極から極へ向かう物語であり、地球空洞説の話であり、フランケンシュタインの話なんですよ。北極の先には南極があり、南極には古のものやショゴスが居るんですよ。まあチョイ役であってドラマ的には本当に崩れ落ちる建物から脱出する時の瓦礫程度の存在感なんですけどね。良いんだよ悲しい物語だけどそこに一抹の希望が残っているんだから。

　これのラヴクラフトオマージュ性は、下巻の解説で菊地秀行先生がおっしゃっている通り『ドリームランドの冒険』なんですよ。地下世界の中に滲むドリームランドの冒険性がクトゥルーが現代怪奇物というだけでなく、ドリームランドというファンタジーを抱えていることを思い出させてくれる。

　人間だけが可能性と言う名の神を持つ訳ではないんですよ。

【血の色の影】

　こちらは黒人文化の息遣いが濃厚な一本。ラヴクラフト御大の人種が白色人種なので仕方ないことなのですが、神話初期において視点人物が黒人というものは少ないんですよね。なので黒人主人公とクトゥルー神話というのは熱いジャンルなのですが、このコンセプトで御大の名作である『エーリッヒ・ツァンの音楽』の変奏曲をやるというのが更にホットなんですよね。しかもハードボイルド小説の臭いが濃厚で、別れた妻からの依頼で行方知れずの妻の弟を探しに行くんですよ！　美味しい～！　これもネタバレ回避の為にあんまり詳しくは語れないのですが、結末もエーリッヒ・ツァンの音楽とは対照的になっており、エーリッヒ・ツァンを読んでいる人ほど読んで欲しい。おのれトルネンブラ（とは明言されてないしこの名前も後付だから同じものとは限らないが指定された楽曲で名演奏をすると出てくる邪神）め～！

　序盤にかけての暗くむせ返るようなハードボイルド臭、次々と始まるアクション・展開される男の世界、そして最後に男の世界の中で演奏される究極の音楽。ページを捲る手が止まらなくなる名作ですわよ。

【最後に】

　というわけで母の日記念の箸休めセンテンスでした。良い翻訳ソフト紹介してもらったので中国語版と英語版はちゃんと作りたいですね。あと30項目くらい増やしたら翻訳にも本腰入れたい気がします。いやそれよりさっさと翻訳作業やってから書くかなあ。やりながら書きながらダラダラするのが最終的に一番早く進んでいきそうですね。クトゥルー神話もっと流行しないかなあ。もう一流行が来たらラノベレーベルでクトゥルーテーマのやつを出しやすい世の中になると思うんですよね。僕はそういう世の中を見たいんですよ。

　まあそんなの難しい事もわかっているのでそういう世界を夢見るままに待ちいたりながらweb連載用を書きつつ担当さん提出用原稿も頑張りたいと思います。治療経過が良好なので次の再入院までの日付が伸びたんですよね。流石に私も人間なので抗がん剤を打たれると髪の毛が抜けたり爪の色が変わったり疲労で身動き取れなくなったりするので、折角できた時間を使ってガッツリ原稿に勤しみたいところです。

　それでは次回また会う時までにくれぐれも闇からの囁きに耳を傾けないように。