第7話

「次は手前ぇらだ!」


 悠理の絶叫を合図に、都築は部下に攻撃を命令した。包囲網から発射されたナパーム弾は一瞬にしてログハウスを火の海に包んだ。


「ナパームが相手じゃ、さしもの括弧付きもが使えまい――何っ!?」


 それは突然の事であった。

 ログハウスから光の柱が吹き上がり、炎の中から奇怪な光が無数、周囲に飛び散った。

 まるで動画を逆回しにしているように奇怪な光はナパーム弾の射線をなぞるように駆け抜け、都築の部下たちが手にする全てのランチャーの砲口へ吸い込まれると砲身が爆発したのである。

 一斉に広がる爆炎の輪はログハウスを包囲するマフィア達は、皆、何が起こったのか判らぬまま消し炭へと変わって行った。燃え尽きようとする意識の中で、ログハウスの方を見ていた者がおれば、燃え盛っていたハズのログハウスが焦げ一つ無く無事で、玄関の中から悠々と〈用心棒〉が悠理を連れて出て来る光景を垣間見る事が出来ただろう。


「……手を薙いだだけで弾をはじき返したのは何度も見たけど……まさか爆炎までなんて」


 あらゆる攻撃を全て跳ね返して、宛ら天に唾を吐なす者が自らに降り戻るが如く、敵を斃す〈用心棒〉の超技。如何にすれば人間にこの様な力が為せるのか?

 唖然とする悠理はこの一週間、何度見ても理解不能であった。

 悠理は、〈用心棒〉の横顔をまじまじと見つめた。

 この美しい貌の青年は何者なのであろうか。


「さて霞ヶ関へ行こうか」


 惚けていた所を〈用心棒〉に急かされ、悠理ははっと我に返る。

 ログハウスの周囲は炎の輪に包まれていたが、二、三ヶ所既に鎮火して通り抜けられる隙間があった。

 〈用心棒〉はそこを通り抜けて行くと言う。悠理は首肯して、先を行く〈用心棒〉の後を追おうとした。

 不意に、悠理は妙な胸騒ぎを覚え、辺りを見渡した。

 その視界に、〈用心棒〉の丁度斜め後ろの暗がりから、不敵な笑みを浮かべて〈用心棒〉の鷹揚な背中へ拳銃を向けている都築の姿を捉えた時、悠理の身体は無意識に〈用心棒〉の背中を庇って飛んだ。

 〈用心棒〉が背後の異変に気付いて振り返るが、時既に遅し、同時に轟いた銃火に胸を弾かれて倒れ込む悠理の身体を抱き留めるだけで精一杯だった。


「……〈用心棒〉あなたでも……そんな貌が出来るのね」


 儚げに微笑む悠理は、急激な脱力感の中で〈用心棒〉の手を何とか掴み、


「……ありがとう……あたし……貴方の事……好……」


 悠理は想いの丈を終ぞ告げられぬまま、事切れた。


「ははは、ザマぁねぇな、無敵の用心棒さんよ!」


 都築は勝ち誇って大笑いしていた。


「どうだい、依頼人を守りきれなかった気分はよぉ? 手前ぇに直接攻撃を仕掛けた者にしか効かねぇ珍妙な技が災いしたな!

 隙だらけの手前ぇ狙えば、嬢ちゃんが庇うだろうと思ったが、こうもあっさり行くとはなっ、ざまぁみやがれってんだ!」


 都築は〈用心棒〉を挑発して嘲笑った。しかし〈用心棒〉に今の挑発で動揺している様子は全く見られず、都築は困惑した。


「悠理は死んでいない。羊皮紙の契約これがある限り、彼女の魂は滅びない」


 何を負け惜しみを、と思った刹那、都築は目眩の様な違和感を覚えた。

 その信じがたい違和感の正体に気付いた時、都築は固まった。

 何故、撃たれたはずの悠理の身体から、一滴も血が流れていないのか。

 都築が悪寒を覚えた時、突如、闇の中で風を抉る音が辺りに広がった。

 悠理を抱き抱える〈用心棒〉の背後から、巨大な物体が噴き出した。


「あ――」


 〈用心棒〉を戦慄いて指す都築は、余りの事にその顔からは血の気が失せていた。


「そ、その姿は――まさかぁ――あ、あ――?!」


 都築のこの驚き様は尋常ではない。まるで禁忌に触れてしまったかの様である。

 蒼白する都築を闇に沈めた巨影は、月光を背にする〈用心棒〉の背中から広がる翼が落としたものであった。

 悠理を見つめる〈用心棒〉の眼差しの、何と穏やかな事か。

 その眼差しはやがて都築に向けられるが、同じ瞳がするものとは到底信じ難い程、それは無慈悲に凍て付いていた。


「今の世に、貴様の様なモノが蔓延る所為で、冥府には要らぬ魂が増え過ぎている。

 お陰で、魂のバランスを採る為の〈狩り〉に、この私も出向かわねばならぬ程、忙しくなった。

 


 疎ましげな口調の〈用心棒〉が浮かべる、何と禍禍しい笑みか。

 恐怖の余り腰が抜けている都築に見せつける様に、魔笑の美丈夫は右手に持つ小さな金属の塊を突き付けた。


「これは貴様が悠理を撃った銃弾だ」

 

 〈用心棒〉は持っている弾丸を包む様に右手を握り締め、自らの胸元に右拳を引き寄せた。まるでその弾丸が自分に届いたと言わんばかりに。


「貴様が、私を攻撃したヘリもろとも墜落したのにも拘わらず生きていられるのは、私に直接引き金を引いていなかったからだ。しかし今度は、悠理の身体を抜けて、私の掌中に届いた。――


 〈用心棒〉の言う意味を即座に理解した都築は、腰が抜けたままの無様な姿でその場から逃げ出そうとする。

 しかし〈用心棒〉が再び開いた右掌から、元に戻るべく飛び出した銃弾が、都築の頭部を粉砕するのに時間はかからなかった。


    *    *    *


 無傷の悠理が目を覚ますとそこは、霞ヶ関にあるFBI本庁の玄関前であった。

 既に陽は頭上遥かにあり、悠理の傍らには相変わらず無表情な〈用心棒〉が立っていた。


「……胸を撃たれたはずなのに、何で傷一つ無いの?」

「目的地には着いたが、命を守るべき依頼人に命を救われたのでは、報酬を貰えんな。チャラ、だな」


 そう言って〈用心棒〉は悠理に羊皮紙の契約書を渡した。悠理がそれを受け取ると、彼は踵を返してその場から立ち去って行く。

 その背には、決して振り返らぬ厳しさがあった。


「ねぇ、待って! あたし貴方に未だ――?!」


 悠理が〈用心棒〉を呼び止めようとした時、彼女が手に持っていた羊皮紙が、突然の疾風に散り始めた。

 破片は全て、この世のものとは思えぬ程美しく煌めく白い羽に変わっていた。

 同時に悠理の身体からは気怠さが失せて行った。

 唖然となる悠理が最後に見た〈用心棒〉の後ろ姿は、この一週間を伴にしていた青年のものではなく、その白い翼を背負うに相応しい美しき白衣の使いのそれであった。

 悠理が次に瞬くと、その白き美影は完全に消失していた。

 あれは幻だったか、と暫し悠理は惚ける。

 

「……そうよ、ね」


 悠理はそう呟くと、全ての疑念が氷解したかの様な晴れた顔で、こくりと頷いた。

 そして、悠理は踵を返してFBI本庁の正面玄関へ、あの青年の面影を胸に抱いて、笑顔で征くのであった。


          完

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究極護衛 arm1475 @arm1475

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