第5話
〈用心棒〉が通った道は、全て破壊と死の神が舞い降りていた。
その神は、始め、閃光あれ、と宣うた。
東京への昏く長い、血と硝煙に満ちた一週間だった。
山道を越える二人の行く手を阻むためのに現れた戦闘部隊との交戦ではダムが破壊され下流の村を二つ壊滅させた。
奪った車で逃走を図る二人の行く手を阻むために封鎖した国道のトンネルを破壊して30台もの車を土砂の下敷きになった。
二人が市街に入ると、九頭竜マフィアはなりふり構わなくなり自衛隊払い下げの90式戦車を投入し、百二十ミリ戦車砲が街を壊滅させた。
戦車をも退けた二人に、虎の子でもある戦闘ヘリと、『不死兵団』と呼ばれて怖れられている、超魔薬〈堕天使の吐息〉を投与されて不死者と化したマフィアの特殊部隊を送り込む。四肢を砕かれ外れながらも全く平気な顔をして戦い続ける、不死身の戦闘員を造り出した超魔薬の効果が全て切れた所で、漸く終息した。
二人は、不死兵団が残した輸送ヘリに乗り込み、一路東京を目指した。だが、残されていた燃料は余りにも心許無く、墜落同然で丹沢の遠見山頂上付近に不時着し、丹沢湖の近くにあった無人のログハウスに潜り込んだのだ。
「ここへ来るまで6日か。この様子なら7日目はマフィアも終息日にするようだ」
悠理が知る限り初めて洩らした〈用心棒〉の冗談に、悠理は血生臭い回想から引き戻され、思わず笑ってしまった。
〈用心棒〉は全く無表情のまま、悠理の方を向き、
「夜明け前に此処を発つ。昼過ぎには霞が関に着ける。未だ時間はあるから、もう暫く寝ていろ」
悠理は笑顔のまま頷き、
「〈用心棒〉、貴方は――」
「私の事より自分の事を心配したまえ。体調は万全では無かったはずだ」
確かに〈用心棒〉の指摘通りであった。
〈用心棒〉と旅を始めてから、悠理は変に身体が怠い気がしていた。
常に神経を張っていなければならない過酷な旅だった為か。してみれば、〈用心棒〉の契約書にサインした時、眩暈がしたが、多分、頼もしい味方が見つかった事への安堵感がもたらしたものだろう、と悠理は納得していた。
「判ったわ。でも、やっぱり、貴方もあたし以上に疲れているはずでしょ?」
「人の言う事は黙って聞け」
〈用心棒〉はあしらう様に冷たく言うと、再び窓の外に向いた。
自らの立場を忘却しているとしか思えぬ〈用心棒〉のこの尊大な態度は、一週間前の悠理であったら、忽ち怒らせていた事であろう。
悠理は怒るどころか、頬を薄ら紅に染めて、はにかんでさえいるではないか。
全ては、この一週間の旅で知った、〈用心棒〉――そこいらの只の用心棒では無く、『括弧付きの用心棒』と別格視され、裏世界で怖れられている男の、真の姿をその目で見届けたからであった。
敵として立ち向かって来る者には、〈用心棒〉は決して容赦しなかったが、しかし無関係な者は、絶対巻き添えにはしていなかった。
ダムの破壊では、沈んだ二つの村の村人全員が、幸運にもTV局の特別番組の企画で旅行に招待されて全く不在であった。
トンネルの崩壊で潰れた車は全てマフィアの追跡車。
市街戦では、無関係な一般市民をも襲う豪雨の如き火線を、この男は全て弾き返したのである。
奇怪な技と奇跡のような事象の連続に、悠理は絶句するばかりであったが、それらは〈用心棒〉と呼ばれる正体不明の素姓と超常的な力を備えた男に対する信頼感を募らせていた。
この一週間の旅は、悠理が今まで歩んで来た人生の中で経験した全ての苦難を、七度繰り返しても到底及ばぬ過酷なものであった。
それにも拘わらず、挫けず此処まで来れたのは、間違いなく〈用心棒〉のお陰である。今の悠理にとって、これ以上の力強い支えは無い。
だが、この波乱に満ちた旅も、今度の陽が昇る頃には終焉を迎える。裏帳簿のMOディスクをFBIに届けて漸く終わるのだ。
悠理は、二度と広島の我が家へ戻れない事を覚悟していた。関東の何処かでFBIに守られながら、九頭龍マフィアが壊滅するその日まで、ひっそりと暮らさなければならないだろう。
(だけど、〈用心棒〉はどうするの?)
ソファに凭れ、無言で窓の陰から外を見つめる青年の逞しい背中を見詰めながら、悠理はふと、寂しさを覚えた。
旅の終わりは、〈用心棒〉との別れでもある。改めてそう思った時、悠理は安堵する未だ幼さを残した美貌を曇らせた。
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