第4話

 自分の幸せが、他人の命の犠牲の上に成り立っていた事に、悠理は自分が救い様の無い罪人に思えてならなかった。悠理は父を心の底から呪った。

 しかしその日の夕方、悠理の父は九頭龍マフィアを裏切った為に殺された。

 奇しくも悠理が父の秘密を知ったその日。悠理の父は、務めている会社が所有する倉庫に於いて、悠理と同じ年頃の少女が、全身の臓器を腑分けされた無惨な姿を目撃した。

 悠理の父はその少女に見覚えがあった。悠理の幼なじみの娘であった。その無惨さに漸く自らの所業を後悔し、マフィアを裏切る事を決意した。

 悠理の父はその日の内に会社のサーバーに隠していた裏帳簿のファイルを回収した。独自に保有していたその裏帳簿ファイルは、本来はマフィアに裏切られた時を想定し、マフィアの追っ手から身の安全を図る為の脅迫材料兼、逃走先である東京でFBIにファイルを売ってその後の生活の保障と引き替える取引材料にする為に用意していたものであった。

 だがその背信はマフィアの幹部の一人でもあった彼の上司に見抜かれていた。腹心の部下であろうと決して信用しない用心深さは、部下が持つネットワークを監視していたのである。

 果たして、悠理の父は帰宅した所で刺客の凶弾に斃れた。怒相で玄関に迎えに出た悠理に、転送された裏帳簿を記録したMOディスクを突き出されて問い詰められていた処を、胸に銃弾を受けた。

 血塗れの悠理の父は、MOディスクを指しながら息荒げに事情を説明し、事切れた。

 

 一言、済まない、と言い残して。


 幾ら詫びられても、自分の信頼を裏切った父を、悠理は許しようがなかった。

 しかしそれ以上に、悠理は自分が許せなかった。父の汚い手の庇護で安寧に生きてきた自分に腹が立っていた。

 そんな自分が、どうして父だけを咎められようか。

 父は最期に、命と引き替えに人の誇りを取り戻したのだ。

 その父の意志だけは、決して無駄にしてはならないのだ。この命に代えても、全てを償うのだ。

 悠理は大きく深呼吸をして気を静めると、再び羽根ペンを取って〈用心棒〉の羊皮紙の契約書にサインした。

 自分が果たさなければならない事が成就されるならば、例え目の前の青年が本物の悪魔であったとしても、その手を借りる事さえも厭わない強い意志が、悠理に地獄街道への旅立ちへの迷いを打ち払ったのである。

 だが悠理は〈用心棒〉が悪魔以上であったとはその時は微塵も思わなかった。

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