第2話
「霞ヶ関のFBIにでも駆け込むか」
「大阪じゃ駄目なの?」
「今の西日本は至る所に奴等の息が掛かっている。警察さえも当てにならん」
悠理は酷く戸惑った顔をするが、頷いた。
偽りの安穏に浸っていた悠理には、今なお信じられない出来事だったが、頼みの綱に裏切られた事実は揺るぎなかった。
人間不信に陥ってもおかしくない現状に於いて、初対面の正体不明の恩人を信じてみようと考える辺りは、まだお嬢様気分が残っている様である。とはいえ、この青年の深遠な瞳の前では不思議と人を疑う気持ちが消え失せて行く所為もあった。
「関東に入る事が出来たなら、東日本の警察や暴力団を牽制に利用出来る」
「でも、関東に着いたら今度は関東の暴力団があたし達を狙うんじゃないの?」
悠理は怪訝そうな貌で聞いた。今の説明ならば当然の疑問であるが、〈用心棒〉には窮する素振りは見られなかった。
「……狙うつもりがあれば、の話だが」
ぼそりとそう呟いて応える〈用心棒〉の無表情な貌が、何故か悠理には笑っている様に見えた。
笑っているのに、それでいて、とても残酷そうに。
悠理はその時は、彼の薄ら笑みの意味が全く理解出来なかったが、後に〈用心棒〉と呼ばれる男の実力を目の当たりにした時、それが絶対の自信がもたらした嘲笑であった事を思い知る。
「何れにせよ、上京出来なければ意味の無い事だ。
西日本の交通手段は九頭龍マフィアの息がかかっている。
最低でも箱根を越えるまでは、出来る限り山道を徒歩で行くしか無い。それでも良いのなら」
「……判ったわ」
悠理は安心するが、不意に笑顔を曇らせ、
「……でも、あたしは今、持ち合わせが」
「成功報酬で良い。FBIにそのMOディスクを売れば結構な金になるハズだ」
そう言って〈用心棒〉は、懐から一枚の紙と白い羽根が付いたペンを取り出した。
「その代わり、この羊皮紙の契約書に、私を雇用した証拠として、サインしてほしい」
〈用心棒〉が手にする、酷く汚れた艶のある紙を見て、悠理は眉を顰めた。
「羽根ペンに羊皮紙? まるで悪魔に魂を売る契約書にサインするみたい」
「私との道中は、悪魔に魂を売る以上に辛いものになるが宜しいか?」
無表情にぽつりと、しかし恫喝しているとしか思えぬ〈用心棒〉の言葉に、悠理は契約書にサインをしようとして受け取った羽根ペンを持つ手を、思わず止めてしまった。
ふとその時、悠理の脳裏に、組織の会計士だった父の今わの貌が過った。
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