究極護衛

arm1475

第1話

 あと二時間もすれば、東の空を占める墨色が淡い光に塗り替えられるであろう、やや肌寒い夜明け前。

 丹沢湖近くの林の中にある薄汚れたログハウスが一つ、夜の世界で寂しげに灯していた。

 廃屋同然であったその居間に置かれていたソファーをベット代わりにして寝入っていた丹羽悠理は、部屋に漂う埃を吸い込み、大きなくしゃみと共に目を覚ました。

 悠理は暫く呆然と辺りを見回してから、埃と疲労感で曇っている、未だ眠たげなその可憐な面を、掛けていたシーツで拭った。


「……こんなにゆっくり眠れたのは一週間ぶりかしらね」


 一週間前のあの日。――晩秋の朝、西日本の裏の世界を牛耳る『九頭龍マフィア』の傘下企業の裏帳簿を記録したMOディスクを警察に届けようと決意した時から、悠理の地獄の旅は始まった。


 少女の反逆の旅は第一歩から波乱に満ちていた。

 警察内部にも既にマフィアの手は伸びていた。悠理は絶対に安全と思って訪れた広島県警本部の玄関前で待ち構えていたマフィアの一味に包囲されてしまったのだ。

 絶体絶命のその時、悠理の前に一人の男が現れた。


「〈用心棒〉。外の動きはどう?」


悠理は思い出した様に、向かいの大窓の方を向き、そこに誰かが居る事を確信している様な気軽さで訊いてみた。

 大窓の陰では、長身の青年が一人、無言で外の暗闇をじっと伺っていた。

 人は彼を、〈用心棒〉と呼ぶ。

 無論、本名ではない。裏の世界での通り名である。

 本名、年齢、出身地、その他諸々が一切謎。故にその生業の名をもって呼ばれる青年は、無言で頭を振った。

 広島県警本部前の路上で、白昼堂々とマフィアの一味に誘拐されそうになった悠理を救ったのは、この物静かな青年であった。

 まるで天使を彷彿とさせる美貌を持ちながら、表情らしい表情を見せぬ物憂げな青年は、くたびれたサラリーマンを彷彿させる、よれた濃紺のスーツ姿で悠理たちの前に現れた。

 拳銃を所持していたマフィアの一味を、理解し難い奇怪な技で撃退した〈用心棒〉の実力に驚嘆した悠理は、藁にも縋る思いで彼に助けを求めたのである。

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